第61話 センビランに弟子


「エドに? なにを? ええっと、エドがに喰われそうになってたところで――あ、あたしは喰わないからね、で、このネックレスを……なんだっけ? だいじなものだからって」

「だいじなものだから、奪ったというのだな!」

 まったくもお、エㇽダの説明もたいがいだけどダンカンも耳か頭か、どっちか故障してるんじゃないって思っちゃうよね。

 そのかわり剣の腕はかなりなものなのだ。思いきり振りあげた剣を見てエㇽダはとっさに火の玉と風と葉っぱの小刀をまとめてどっさり投げつけた、けれどみんな剣で払われてしまってかれはどうにも止まらない。ふたたびダンカンが剣をかまえ、ティッカがあいだに立ちはだかり、エㇽダはおもわず目をとじた――こんどは衝撃波はやってこなかった。



 エㇽダがこわごわ目をあけると……そこに見たのはダンカンの剣を真っ正面で受けとめた男。それはからだじゅうにまじないの文様をえがき戦闘装束をまとった戦士、島いちばんと呼び声たかい(エリーとサンガには負けたけどそれは内緒)戦士のなかの戦士、おとこセンビランだ。


「とうとうあらわれたな白い悪魔め。かよわい娘に手をあげるとは下種ゲスも下種。島の者にあだをなすならまずこのおれが相手だああっっ」

 きまった。島をまもるのはセンビランの使命だ。川のをとどろきわたる大音声だいおんじょうにうっとり聞きほれ、センビランは呵呵かっかとわらった。


 直後、挨拶がわりの剣の一撃がダンカンを襲うのをエㇽダはふくれっつらでにらんだ。

 むむむ。かよわいだと? あたしがよわいだとお? たすけられたこともわすれてエㇽダは不満たっぷり。っていうかあんたこないだ、あたしにおもいっきり手ぇあげたじゃん。殺すつもりで戦ったじゃん。

 だがもちろんセンビランにとってとるに足らないのである。つねに自分は正義と信じてうたがわない、こまかい矛盾など気にしない、それがおとこセンビランだ。



 とつぜんあらわれた新手と斬りむすんだダンカンは、相手が口で言う以上に腕がたつのにおどろいていた。しかもそのうしろには魔女ともうひとりの少年。相手が三人となるとやっかいだ。深入りは禁物と騎士団長が言った言葉を思いだしてダンカンはいったん退くべきと判断した。

「また会おう。小娘、そのネックレスはなくすなよ、つぎ会ったときにはとりもどすからな」



 捨てゼリフを吐いてダンカンが去ったあとの河原で、センビランはふりかえり少年と少女のぶじをたしかめた。川上から吹く風が戦闘装束をはためかせた。

「ぶじか?」と妙に芝居がかった声色で言う。「よかったな……おっと、こうしてはおれぬ。おれはやつを追わねばならんのだ、やつがまただれかを襲うとも知れんからな。ふっ。最強戦士の宿命とはいえ、いそがしいことよ」

 憂愁のポーズをきめ走りだそうとするセンビラン、その背中をティッカが呼びとめた。見ると瞳がきらきらかがやいている。エㇽダは顔をしかめた。いやな予感。

「なんだ?」

「おれに戦い方をおしえてくれ。おれもセンビランのように強くなりたい」

 戦い方をまなんで村のみんなを、だれよりエㇽダをまもりたい。――その心意気やよし、でもまなぶ相手はえらぶべきだぞ。

 センビランはティッカの顔をあらためて見た。ティッカはまっすぐ見かえした。その瞳は頭上の太陽にまけないぐらい熱くまっかに燃えている。

「おれを弟子にしてくれ」


 弟子――その言葉はセンビランの全身を雷電のように貫いた。最強の戦士ならばそのおしえを請う者がいるのも道理。おのれの技を継ぐ者がいる。継ぎたいという者がいる。それでこそ最強。

 センビランの胸に熱い感動がわきあがり、瞳には炎がたぎった。戦士と少年の瞳はともにかっかと燃えて、(よせばいいのに)みごとに通じ合った。


「ふっ、少年よ。道は――」道は険しいがついてくるがよい、と言いかけたところに割りこんだのはエㇽダ。

「やめときなよ。ティッカがめんどくさい性格になったらやだ」

「なるわけねえだろ」

「自信過剰で押しつけがましくて、しつこくってさ」

「おれをなんだと思ってんだ。どう転んだってこんなめんどくさい性格にはならねえよっ」

「……おまえらこそ、おれをなんだと思っている?」

 とセンビランはご立腹だけど、けっきょくこのあとティッカはセンビランに弟子入りして、五年もたつ頃にはセンビランの後継者と目されるほどの戦士に育つ――というのはまたべつのお話。めんどくさい性格になったかどうかは知らないし、わるいけどそこまで責任もてないよ。


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