第59話 魔女のおもいで
騎士たちは密林のなかを駆けていた。目指すはおおきな魔力のあつまる場、魔女の家だ。
「やっぱり馬がいないと寂しいですなあ」
「ていうか、しんどいよね」
「もんく言わず急げ。強敵だぞ、先手をとるのが大事だ」
「ほんとうにそれほどの魔女がいるのか?」
「あー、なんだよ、ぼくを信じないの? ダンカンの石あたま」
「罠かもしれんな。レベッカめ、こしゃくな真似を」
「この
悪態ついたり話しこんだり、それで全速で走って息もみださないのだからかれらもただものじゃあない。聖堂騎士団はえらばれた者たちの集団なのだ。
「あ」
「どうした?」
と問うあいだも騎士団長は走るスピードをおとさないから、ダンカンもリチャードも全速全開でついていく。
「動きだした。とんでもない強さの奴と、そこそこの。すごいスピードだよ」
「みんなそろって?」
「いや……ひとりは元のところに留まったままだ。どうする?」
「このまま向かおう。まずは敵の本丸を確認だ」
騎士団長がまよわず即答したとき密林が急にまばらになって、魔女の家が見えてきた。
***
「……まさか」
「いやそんなはずはあるまいて」
騎士団長と副団長とが顔を見あわせているのは、密林の絶えるさかいめの木陰。庭に立つのが不世出の大魔女とうたわれた先代筆頭、エリーと気づいておもわず立ちどまったのだ。
「だれ、あれ?」
とリチャードだけが無邪気に問うた。若いリチャードが知らないのもむりはない。騎士団長たるハンフリーもかのじょに会ったのはとおいむかしにいちどだけ。
それはもう二十年もまえのこと。
魔女たちは盟約にしたがい、ときどき騎士団と手をたずさえて王室の敵に対した。筆頭魔女としてエリーがさいごに騎士団の任務を手助けしたのは大陸の妖魔をたおしたときだった。
七年にわたる大陸での灰色の戦争、そのあいだ人々のかなしみは夜を日についで絶えることなく生まれてはじけ、そんなあぶくを糧に肥大化した妖魔だった。自分で何者なのか、なんのために生まれたのかもわからないでただ暴れ、手あたりしだいに殺すことでしか存在を自認できない、そんな強くてやっかいであわれな妖魔。
かけつけた八人の騎士をつぎつぎ飲みこんだ妖魔を、だが魔女はいっしゅんで焼きつくした。
魔女の力を
当時すでに剣の腕ではだれにも負けなかった次期騎士団長は、猛勉強で魔法の修業にはげんだ(エㇽダも見ならってほしいもんだよ)。おかげで剣と魔法の両刀をつかいこなして、いまや史上最強の騎士との呼び声たかい。
それでもエリーの敵ではないとは、ハンフリー自身がわかっている。二十年前の記憶はいまも鮮明だ。
記憶のままの、いつまでも若くうつくしく恐るべき魔女がこっちを見たような気がした。
「退がれ」
ふたりに声をかけると全速でもと来た森の奥へと走った。そのまま五分ほど走りつづけて、うしろから魔女が追ってこないのをたしかめるとようやく止まった。
「戦わないんだ」
魔女ぎらいの騎士団長にしてはめずらしい、とからかう口調のリチャード。それをダンカンがたしなめた。
「ぼうず、負けるとわかった戦いをするのは勇気とは言わぬのだ」
「盟約もあるしな。レベッカめ、やはり罠を張ってきたか。そっちがその気ならこっちも容赦はしない――魔女狩りだ」
島の魔女たちはギルドに属していない。ギルドの外の魔女は狩っても盟約に反しないし、なによりレベッカたちの心に打撃をあたえられる。
「エドはほっとくの?」
「もちろん救出するさ。手分けしよう」
そう言って三手に分かれたうちエドワードをさがすことになったリチャードは、魔力を辿っていった先の湿原であっさり任務を果たした。エドワードと同等の魔力をもった気配はたしかに複数感じたけれど、動かずじっとしているのは湿原にいる者だけだったから、これだろうとあたりをつけたリチャードの勘はただしかったわけだ。
「ざまあないね」
王都では颯爽とマントをひるがえして女性たちの熱いまなざしを一手に引きうけていた騎士団きっての色男が泥にまみれて立ちあがることもできないでいるすがたは、ちょっとした見ものだった。同情なんてかけらも見せずにリチャードはわらった。
「名誉の負傷だ。筆頭魔女と戦った騎士としてぼくはずっと語り継がれるはずさ」
そうエドワードが言うのは負け惜しみじゃなくって案外本気だったりして。
「……みっともない語り継がれ方をしないよう祈るよ」
「ここに先代筆頭魔女がいることもつかんだ」
「さっき見た。それに、きみと同レベルの魔女がなんにんも。なんなんだい、この島? 団長は魔女狩りだって張りきっちゃってるよ」
「やっぱりそうなるか……。その魔女のひとりにたすけてもらったんだ。無知であさはかで無垢な魔女だ。かのじょは無害だよ、助けたい。手をかしてくれ」
「魔女の肩をもつのかい? どうした、きみらしくない」
「かのじょはわるい魔女じゃないんだ」
「ふうん……情が移るなんて、やっぱりきみらしくないな。恋でもしたかい?」
「冗談はよせ」
とすかさずこたえたけれど、言われてみればもしかして……いやいやまさか。と額に手をあて考えこんだ。リチャードは若き副団長がめずらしく動揺するのににんまりわらって、立ち上がった。
「ま、いいや。団長には伝えよう。きみもいっしょに来るかい? その脚じゃあ、ここでやすんでいた方がよさそうだけど」
脛にあてられている副木を指して言う。
「もちろん行くよ。この程度で動けないなんて思われちゃ心外だな」
あいっかわらず自信たっぷりだよね。
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