第58話 魔女たちの避難
飛行艇は島の上を二周したあとクァラアンダ湾に着水した。
海のむこうからやってくる異人たちには慣れているアンダライダ族の者たちも、空からあらわれた
見わたすかぎり無人となった浜辺に三人の騎士はとりのこされて、熱帯雨林のねばっこい太陽の光を独り占め。赤道の太陽はたしかな熱をつたえながらも湿気をまとっておおらかだ。極北の理知的な太陽とはよほどちがう。
たっぷり熱を吸った砂のうえに騎士団長はどっかり腰をおろし、副団長は立ったまま森の奥へ目を凝らした。そしてリチャードはさっきから目をとじて、じっと波の音に耳をすませるかのよう。
「おかしいな。勘がくるったかな……?」
「どうした?」
騎士団長の問いにリチャードは目をひらいて、ひとりごとみたいにつぶやいた。
「うじゃうじゃいるぞ、つよいのがあっちにもこっちにも……こんな辺境の島なのに。それにまさか……こんなのいるわけない、それもふたり。ぜったいなにかの間違いだ」
「なにをぶつぶつ言うておる。やんちゃ坊主の居どころはわかったか?」
リチャードは肩をすくめた。
「それがねえ。たくさんいるからどれがエドかわからないんだ」
「こんな未開の島に? 信じられんな。それにしてもだ、つよさで区別できるんだろうが? いつもの自慢はどうした?」
ここぞと説教にかかりそうなダンカンを制して騎士団長がリチャードを見た。
「どれだけいるかわかるか?」
「エド並の力をもってるのだけに絞ったらたぶん五人。レベルを落としたら二十人ばかりはいるかな。それからこれはきっと間違いだろうけど……桁ちがいのがふたりいる、それこそ筆頭魔女並のが」言いながら肩をすくめて、「でもまさかだよねえ」
筆頭魔女と聞いて、騎士団長の顔には不敵な笑みがうかんだ。彼が身にまとうのは白銀にかがやく鎧。太陽の熱をあつめてやけどしそうな鎧をかちゃかちゃ言わせながら騎士団長は、どこまで奥につづくかも知れないジャングルへ目をやった。
「ならまずはいちばんおおきな魔力へ向かおう。レベッカめ、ただのいやがらせでこんな僻地に飛ばしたのだと思っていたが、案外ふかいたくらみがあるかもしれんな。だが我らを罠にはめるつもりならこちらも容赦しない」
***
リチャードが感知した桁ちがいの魔力をもつふたり、とはもちろんエリーとサンガのことだ。いつもの魔女修業の時間だったからサンガは魔女の家にいた。ところがエㇽダは湿原に寄り道したあと来るからって別行動のあげく、時間を過ぎてもまだあらわれる気配がない。
「……おしおきが必要のようね」
魔女が窓のそとを見た。年じゅうあいたままの窓からオオイヌワシがとびこんできて、ばさあっと翼でみなをあおぐと魔女の肩にとまった。
「今日はとくべつメニュー。この子の飛んでくあとを目を離さずついていくのよ」
「うゎ、それがおしおき? エㇽダにはきついかもね」と気の毒そうにサラ。あいかわらずエㇽダの移動魔法はへたっぴだ。
「ところがエㇽダが来るのを待ってられないのよね。きみたちふたりでいますぐ開始よ」
魔女の言うのにサラは頬をふくらせた。
「なんでよ? おしおきはエㇽダじゃないの?」
「あら。もんくあるのかしら?」
魔女の流し目に、サラはぎくりと心臓がはねる。けさ島の上空にとどろいた飛行艇の音を、もちろんサラもエリーも聞いていた。騎士が来たのにちがいない――エリーちゃんも気づいてる?
「エリーちゃん……」
しおどきだ。レベッカおばさんのこと白状して騎士をさがすの相談しよう。ところが口をひらこうとしたときすでに魔女は窓ぎわに立っていた。
「おしおき開始。デートをたのしんでらっしゃい」空へとオオイヌワシを放って、ふり向くと眉をさげてわらった。「いっしょに行けなくってざんねんだわ」
「デート……って、なに言ってんのよ、ちがうからね? そんなんじゃないからね?」
顔をまっかにして抗議するけどエリーは聞いちゃいない。ワシの飛んでいくのを
あわてて出てったふたりのすがたが見えなくなると、魔女はベンガル虎の頭をなでて言った。
「近づいてきてるのわかる?」
「ああ。ここに着くまであと五分ってところか……戦うのか?」
「それはあっちの出方しだい」
そう言うと魔女は目をとじた。
森を駆ける騎士が三人、一直線にこちらへ向かってくるのが魔女の脳裏にはっきり映っていた。三人ともすごい手練れだ、とはいえエリーの敵ではない。念のためサラとサンガは避難ずみ。
さあ準備は万端、いつでもいらっしゃい。魔女は目をひらいた。だがそのとき、だれもいないはずの庭の裏手からいかにも思慮の足りない能天気娘がしのび足で家のなかへはいってきたのと目が合った。
「げ」なんて絶妙のタイミング、とエリーはにがわらい。
「げ」見つかっちゃった、となんにも知らないエㇽダは
「サンガたちは?」
エㇽダがあたりを見まわす。エリーは問いにはこたえずつかつかと寄ってくと、不安そうに見あげてくるエㇽダの頭をくしゃっとなでた。
「なれなれしくさわんないでよっ。サンガはどこ?」
「遅刻しといてえらそうね」
やっぱりこの子はおもしろい。すぐそばまで来ている天敵の気配をぜんぜん感づかないって、魔女としてどうなんだろう。こんな子をひとり別行動ってのはあぶなっかしいと思わないではないけど、これも修行だ。それに魔女たる者、たまには恋のキューピッド役も演じてあげなくっちゃね。
「今日はとくべつメニューなの。サンガとサラはもう出発したわ。きみもはやく追っかけなさい」
返事なんてする間もあたえずエㇽダを魔法でふっ飛ばして、ぺろっと舌を出した。
「行き先はべつだけど――遅刻した罰ってことにしとくわね」
あいにくエㇽダはとっくに消えてて、魔女の言葉を聞いたのは足もとのベンガル虎だけだ。そのころエㇽダがいたのは川をはるかくだった河原のほとり。
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