第57話 ネックレスの意味


 飛行艇の爆音が島じゅうにとどろいたとき、なにごとだろうと見あげた空にはなにも見つからなかった。湿原のベッドの頭上はいちめんガジュマルの枝におおわれて、ほんのすこしのすきまさえ鳥や猿が埋めて視界をじゃましていたから。それでもエドワードは騎士団長の到着と、これから起こるだろうことをただしく理解した。

 かけつけた騎士たちの手でほどなく自分は救出されて、帰国の途につくだろう。やたらうす味のこのチキンともおさらばだ、帰ったらたっぷりうまい飯を食いまくってやる。騎士団の食堂のようすが目にうかんだ。

 だが騎士団長が自分を見つけるまでのあいだにいったいどれだけの魔女と出会うのだろう。この島には魔女があふれていた、それに伝説の筆頭魔女エリー。きっと魔女狩りがはじまる。



 のんきなエㇽダの顔を、エドワードは祈る想いで見た。

 この少女も魔女のたまごである以上、狩りの対象になることはまぬがれない。やがて訪れるだろう最期を脳裏におもいうかべて目をやるとそこでは少女が懲りずにトカゲに言うこと聞かせようとむだな努力をしている。とうぜんトカゲは無視してひる寝だ。

「ううむこいつめ、どうあっても言うこときかない気だなあ? でも平気だい、どうせトカたんはあたしがピンチになったら助けてくれるんだもんね、ふふふん、わかってんだよ」

 その言葉がほんとうならば、しばらく世話になったこのオオトカゲも少女をかばった末に命をおとすわけだ。


 まったく奇妙なコンビだった。これが魔女と使い魔だというのならずいぶん魔女も堕ちたものだ。騎士団長のかたる魔女はもっと傲慢で狡猾であくどくて、おそるべき強敵だった。使い魔などはあごでつかって使いすて。そう思っていたのに、このコンビはまるで対等のパートナーじゃないか。たとえば騎士と馬とのように。

 極北の地で自分の帰りを待ちわびているだろう愛馬を思いうかべて、だがぼくならこんな生意気な態度をとらせはしないと思いなおした。これでは対等どころか格下だ。おもわず笑みがこぼれたエドワードの目のまえで、エㇽダはトカゲの背中に必死に声かけているけどやっぱりトカゲはふりかえりもしない。

「エㇽダ」

「なあに? いまいそがしいの」

 こっちを向かないエㇽダの首に、そっとうしろから銀の鎖をかけた。

「なになに?」

 首をくすぐるつめたい感触になんだろうって手で鎖をさぐるそのあいだも、エㇽダはこっちを見ないでトカゲにばかりかまってる。それをトカゲは無視したままエㇽダを見ない。そのエㇽダの首にかかるのは聖堂騎士であるとあかしするネックレス。騎士が婦人の首に手ずから騎士団のネックレスをかけるのは愛の誓いと同義だ。

 王都の貴婦人たちならエドワードにそんなことされれば歓喜のあまりそのまま天に召されかねないぐらいだってのにこの少女ときたら頬をそめるどころかぽいっとどこかへ捨ててしまいそうな勢いだ。そこがいい。

「エㇽダ。だいじな話なんだ」

 むりに肩をつかんでこっちを向かせた。きょとんとした、なんにもうたがわない、無垢でまぬけな咲顔えがお。好意にあふれた咲顔のエㇽダは、だけどけっしてぼくになびかない。

「これをつけておくんだよ。いつも身につけて、ぜったいにはずしちゃいけない」


 このネックレスをつけた娘がぼくにとって何者なのか、騎士団の者ならわかるはず。命のパスポートにもひとしいネックレスを少女はおもちゃをいじくるみたいに無雑作につまみあげて、目のまえでくるくる三周させた。

「へえ、きれいだね。ありがとだいじにするね、でもずっとつけてるの? 寝るときも?」

「そう、寝るときも」

 めんどくさそうにわらったエㇽダに念押しをして、また横になった。

 まだ本調子じゃないねえ、また薬もってきたげるよ、きょう夕方か、じゃなかったらあす朝またね、とあわただしくさえずって少女は去っていった。横たわったまま少女を見おくり、きずのまだ癒えきらない騎士は目をとじた。


 さよならエㇽダ。早ければきょう、遅くとも三日のうちにぼくは騎士たちに救われてふるさとへ帰る。この島には魔女狩りが吹き荒れるだろうけど、きみはきっと生きぬくんだよ。


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