第55話 魔女の事情は三人それぞれ
「あたしトカたんに会ってくるからサンガはさきに帰ってて」
エドワードと湿原で出会った日の午後、魔女修行からの帰りみちをめずらしくエㇽダが別行動しようっていうのにサンガは素直にうなずいた。
その日の魔法修行はじつにもう惨憺たるものだった。川の水を宙にもちあげ鳥か獣のかたちにして動かしてごらんと言った魔女の課題に対して、エㇽダはへんてこなかたちにつくった水の鳥をしょっちゅう空中で分解させてしまってみんなの頭のうえに降らせたし、サラはその特大の雨つぶを避けることもわすれてまともにかぶってびしょ濡れになってしまった。サンガはサンガでいつものとおり象よりおっきな小鳥をつくってはどうしてもちいさくすることができずに魔女をわらわせていた。
やがてわらい飽いた魔女は、まだおなかをおさえたまま言ったのだった。
「もう水浴びは十分たのしんだし今日はおしまいにしようかしら。今夜はシャワーはいらないわねえ」
***
「エド。トカたん。エド」
湿原で呼びかけるとオオトカゲがのっそりとあらわれた。そのうしろでエドワードは足をひきずって、それでも貴公子らしく笑顔をエㇽダへ向けた。
「エド」
足首までうまる泥の地面を跳びはねかけよりながら、
「だめだよまだ寝てなきゃあ。こんなときはね、むりしちゃいけないんだよほらやっぱりふらふらしてる、さあさ肩かしてあげるからもお、うっわあんた重たいねちょっと待ってこりゃだめだわ……トカたん、」とけっきょくオオトカゲの背中のうえに座らせた。
エドワードが横になれるようなかたい地面を湿地帯にさがしたってそう都合よくあるもんじゃない。やっとオオハスが群生しているすぐわきで何世代ぶんもの
「しばらくおとなしくしてるんだよ? ここだったらあたし以外めったに来ないからだいじょうぶ、食べものももってきてあげるよ。あ、それからこれ、」
と腰にさげていた袋から豆といっしょに妙なにおいの丸薬をとりだした。魔女の戸棚からくすねてきたやつだ。
「なんだかよくわからないけど、元気になる薬らしいよ」
よくわからない? そんな薬飲んでだいじょうぶなのだろうか、いやそれ以上にそんなものを病人へ勧める少女の頭のつくりがだいじょうぶかと心配になりもするけどもとよりエドワードもおもいきりのよい男だ。みずからの強運を信じて泥水といっしょにごくんと飲みこんだ。
それを見とどけオオトカゲは蓮の葉のよこではんぶん泥に浸かりながら目をとじた。ガジュマルの枝のむこうでまだ青い空に月が白くうかんでいる。今夜は妖魔たちが森のむこうで陽気におどるだろう。
***
その夜サラは夕食を終えるとさっさと自分の部屋にとじこもってしまった。ふだん鍵なんてしたことないのにがちゃりと鍵をかけ、かわりに窓をひらいた。観音開きの窓はちょうどサラの肩とおなじぐらいのよこ
蛍たちがおぼれそうなほど水蒸気たっぷりの空にうかぶ月はおぼろ月。靄のカーテンのむこうに星はかすんで、凍てつくふるさとであれほどうんざり見あげた満天の星空とはずいぶんちがう。ゆたかであいまいな、生命力をたっぷりかくした空だった。
レベッカおばさんに撃退された騎士もいまごろこの夜空を見あげてるんだろな。かれはこの空が好きになるだろうか、それとも故郷のつめたい星空が恋しいだろうか。
窓からそとへ突き出していた頭をひっこめると、入れちがいにコウモリたちが何羽も何羽もばさばさ羽音をたて室内へ飛びこんできた。臨時やといの使い魔たちだ。
「白い顔した騎士よ、わかった? 島じゅう飛んで探しだしてちょうだい」
かれらに指示して、サラはおおきくため息ついた。
「はああ。顔の絵ひとつないんだもんなあ。こんなので見つかるといいんだけど」
***
サラの部屋からコウモリたちがいっせいに飛びだしていく気配を読みながら魔女は、鼻歌まじりに手鏡をとりだした。
「なにするつもりだ?」
「なにしようかしら?」魔女は唇に指をあて首をかしげて、
「連絡するならアンかな? それともレベッカ。久しぶりにお灸をすえてやろうかしら」
「いっそ王室にでもねじこんでみれば?」
「それいいわね」ってぱちんと指を鳴らす。
「おまえおもしろがってるだろ?」
「そうでもないわよ」
エリーは肩をすくめた。
「弟子の尻ぬぐいなんてまっぴらごめんだわ。とはいえ騎士団がらみとなると、ほっとくわけにはいかないのよねえ」
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