第53話 秘密がふたつ


「知らないかあ、ざんねん。ああ、あともうひとりいたな、エリーっていけ好かないやつ。魔女で魔法はすごいんだけどさ、なんかあたしをばかにしてるっぽいし、サンガに妙なちょっかいかけやがるしもうとにかくなやつよ。まさか知んないよねえ?」

 魔女でエリーと言えば先代の筆頭魔女が思い当たるがまさかそんなでき過ぎた偶然――と頭を振ったところで、はっとした。そもそも現筆頭魔女レベッカにここへ飛ばされたのだ。であれば偶然どころか必然だ。


「さあ……そんな名の知り合いはいないが、きみはかれらをよく知ってるのかい?」

 内心の動揺をとりつくろって、エドワードはすっとぼけることにした。そこに魔女のたくらみがあるのなら、まだ戦いはつづいている。手のうちは見せないのが戦の常套。

「まあね。なんなら紹介してあげようか?」

「いや、それは……」

 状況が見えない、しかも自分はけがしてろくに戦えない状態で会うのは得策じゃあない。

「ん?」

 なんにもかんがえてないって顔でエㇽダが聞きかえす。たとえばサラなら感づいたかもしれないエドワードの動揺を、エㇽダはとうぜんあっさり見過ごした。

 そんなエㇽダのちいさなてのひらを、しっとりつつむエドワード。

「ぼくのことは秘密にしてくれないか」

 じっと目の奥をのぞいてささやいた。相手がエㇽダじゃなきゃ効果満点だったはずの、女ごろしのうれい顔で。


 秘密? エドワードの魅力が空回りしちゃったかわりに、その言葉はとろっとろにとろけそうな甘い響きでエㇽダの全身を駆けめぐった。甘いといえばさいきんサラがサンガを見る目は妙に甘いというかすっぱいというか、微熱まで帯びてるような気がしてとにかくエㇽダはその視線をじゃまするのをためらってしまう。

 サラがサンガのこと認めるようになったのはうれしいけどさ、さいきんなぜだかさみしいんだ。

 秘密。いいかもしんない。すてきなことばだ。

 エㇽダは久しぶりにうきうきしてきた。サラはサンガと仲よくやってりゃいいのよ。そのかわりあたしだってこんなたのしいこと、ふたりにはぜったい教えてやんないもんね。だからこれはあたしとトカたんと、エドだけの秘密。



  ***



 秘密に心うきたたせる者があるかと思えば、秘密になやむ者もある。


 朝食をととのえながら、サラは昨晩押しつけられたやっかいな頼みごとによわったなあとなんどもため息をもらしていた。まったくレベッカおばさんたらひとづかいの荒いこと。こんなところはエリーちゃんとそっくり。


 昨夜とつぜん鏡のなかにあらわれたレベッカは、この島のどこかに飛ばしてしまった聖堂騎士団の若者を始末するよう頼んだのだった。頼むといいながらほとんど脅迫的な命令だ。

「やらなかったらサラをこっちに呼び戻しちゃうからね」

「なにそれ、ずるいずるい。夏休みをここで過ごすといいってさいしょに言ったのレベッカおばさんのくせに」

 師匠だっていうのにサラのレベッカへの口ぶりは遠慮ない。レベッカはローズウッド家の者みなにとって家族も同然、むかしっから家に入り浸ってはおさないサラを可愛がってくれた。一年まえ弟子入りしたあともその関係は変わらない。

「口ごたえしない。これはサラの修業でもあるんだから。けっこう手ごわいわよ、がんばって」

「げ。そんなの私に押しつけるの? それに始末ってなによ、まさか私にそいつを殺せってんじゃないでしょね? だいたい――」

 騎士団とはとっくのむかしに手打ちになったんだからもはや殺しあいなんて時代おくれ、それにいまさら血で血を洗う抗争へと逆戻りするよな揉めごとは禁物のはず。


「こっちに送りかえしてくれればそれでいいんだけどさ、でもおとなしく従ってくれるかなあ……ちょっとむずかしいかもね」

「そもそも私の魔力じゃそっちまで人ひとり飛ばすなんてむりだって」

「いい機会だわ、がんばって全力出してみなさい」

 師匠のすずしい答えはまるきり他人ごと。この感じ、だれかさんにそっくりだ。

「きっついなあ……そうだ、レベッカおばさんがこっち来て始末つけるってできないの?」

「それができたら苦労しないわ。だれかさんのせいで私は筆頭魔女代行ってことでここから動けないの、わかってるでしょ。とにかく騎士団のれんちゅうが騒ぎだすまえに片づけないとまずいと思うのよねえ、私もこんなことで休戦の盟約をご破算にしたくはないし。先生が必死の想いで成した和睦なんだもの」

「それすっごく荷が重いんだけど。十中八九失敗すると思うなあ、どっかまたぜんぜんべつのとこに飛ばしちゃったりさ」

「じゃあ殺すしかないかもねえ」

 鏡のなかの筆頭魔女(代行)はそれこそ悪魔みたいなわるい笑顔で言う。

「殺すんならバレないようにするのよ。ひとつも痕跡のこさずね。健闘をいのるわ」

 本気か冗談かわからない口ぶりだけど、ここはスルーがたぶん最善の一手。


「こっちに飛ばすのも殺すのもできないってんならまあいいわ、とりあえずは首根っこつかまえて。それからのことはおいおい考えましょ」

「……善処するけど」

 頭をかかえるサラに、追い討ちのひとこと。

「あ、だいじなこと忘れてた。このこと先生には内緒よ、いいわね? サラの力でなんとかするの。もし先生にバレたら……わかってるわね?」

「横暴だあ」

 サラの苦情を受けつけないでレベッカはぷつんと鏡から消えた。ひとり取り残されたサラをなぐさめるように金の瞳のヤモリが天井でケッケッと鳴いた。おなじ色の月が窓のそとの宵闇にぷかぷかのんきにうかんでいた。


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