第52話 貴公子ミーツ野生のガール


 その男をさいしょに見つけたのは湿原の王者でエㇽダに一方的に使い魔あつかいされている六角オオトカゲ(愛称)だった。そのまま打ちすてておこうといちどは素通りしたのをけっきょく助けることにきめたのは、めぐりめぐってエㇽダのゆえだと言えそうだ。

 人間たちのいとなみには本来かれは関心がなかった。だが三日にあげず湿原に通っては平和なひる寝のじゃまをし王にふさわしからぬ愛称を勝手につけ、なにかあれば力を借りようとするエㇽダにつきまとわれるおかげで、いやでも人間たちとの関わりができてしまっている。

 人間とはうるさいいきものだ。と思っていたのにこの男は意識をうしなっていたおかげで一言もしゃべらずからだを動かすこともなかった。その沈黙をオオトカゲは好もしく思った。


 だがたすけると言っても湿原でたおれている人間にオオトカゲがしてやれることなどたいしてない。

 さて、と思案していたときいつもの如く湿原にあらわれたエㇽダと目が合ったのだった。

「食べちゃだめっ」

 せっぱつまった声色の、第一声がそれだ。食べるわけないだろう、くだらぬかんちがいをしおってつくづく失礼な人間め。とんだ冤罪にオオトカゲはうんざり顔で空を見あげた。雲がはやい。スコールが近づいていた。



  ***



 エドワードが異例の若さで聖堂騎士団の副団長にえらばれたのはかれが王室につらなる屈指の名門ランカスター家の出だったためというのはもちろんあるにせよ、それだけで抜擢されるわけもなく、並はずれた武芸の腕にくわえて魔法までもあやつるという抜きんでた才能がいちばんの理由だった。

 これだけ天稟にめぐまれれば自信過剰になってしまうのもむりはない。才をたのんで少年のころからやんちゃが過ぎたけれども、紳士淑女が眉をひそめても先生に叱られようとも親の雷が落ちたってへいちゃらちゃらら、すました顔してすき放題。それがかえって同年代の少年少女の心をひきつけて、いつもかれのまわりは友人たちでにぎやかだった。おまけに顔までいいから始末がわるい。ますます自信たっぷり、あかるいふるまいでかれの表情もしぐさも周囲をまぶしく照らして男にも女にもそりゃもうモテるモテる。

 すべてこの世は思うまま。かれは自身の天分をうたがわなかった。この勢いで筆頭魔女を倒してやろうなんて思いつくのもかれらしい。


 それがあっさり負けてしまってはるか遠くへふっ飛ばされたのははじめての挫折といえばいえそうなものだが、ジャングルの湿地で目ざめたかれがさいしょに思ったのは――ふむ。筆頭魔女の力のほどはわかった。だが次は勝つ!

 もちろん根拠なんてないし反省もない。自信しかないのだ、それだけあればいいのだ、だって才と運ならあふれているし実力なんてあとからついてくるもんさ。それがエドワードという青年だった。



「よかったあああ、生きてた生きてた、まったくもおこのまま起きないんじゃないかと思っちゃったよそれがトカたんのせいだったらそれはつまりあたしのせいでもあるわけだからさね、そんなのやじゃん申し訳ないじゃん、だからもお、ほんっとによかったっ!」

 やたらあかるくげんきな声だ。それでちいさな子供を予想してひらいた目にとびこんできたのが意外とちゃんと乙女だったのでエドワードはおどろいたのだった。

 そのとなりでは、ちゃっかりなんて言い放ったエㇽダの言葉を訂正することはあきらめたオオトカゲがつめたいあかね色の瞳で胸の奥まで覗きこんでいた。


「ここは? きみが助けてくれたのかい?」

 自然と手をにぎってほほえみかけていた。こうすると女の子たちはたいてい卒倒しそうなほどによろこんでくれるものだからエドワードにとってこれは自然と身についたふるまいだったし、助けてくれた娘へ謝意をあらわすためにも当然そうすべきと信じていた。

 だが相手をまちがったかもしれないとすぐ後悔することになる。少女はがしっと力いっぱい手をにぎり返して、ぶんぶんぶんと遠慮なしに振ってまたひとのめいわくなんて知ったこっちゃないって調子で、

「たすけた? うん助けたかな、だってほっぽってたらあんたトカたんに食べられてたかもよ? いやあ見つけたときはびっくりしたね、トカたんがあんたに鼻すりつけて匂いかいでるんだもん、おいしそうな匂いしてたのかな、」とつかんだ手にぐいっと自分の鼻をくっつけ息をおっきく吸った。冤罪を晴らす機会はこのさきも訪れることはなさそうだ、とオオトカゲはためいきをついた。

「うーんわかんないや、ま、あたしは人間喰ったりしないからわかんなくて当然か、やだもうそんなびっくりした目しちゃってえ、ほんと喰ったりなんかしないからさ、そこは安心していいよ」

 やたらうれしそうにしゃべりつづける少女はエドワードに口をはさむいとぐちをあたえない。

「でさでさ、あんたどっから来たの? 妙なかっこしてるけどその顔はなんだか知ってるれんちゅうに似てるんだよね。まさか北の島から来たってことない? さいきんそこから来たサラってのがいるんだけどさいしょはな奴なんて思ったりもしたけどよくよく話すといい子なの、かっこよくてきれいでさ、すっかり仲よしになっちゃった、だからあんたもあの子のともだちだったらいいななんて思ったんだけど、どうかな、サラって知らない?」

 ようやくエドワードの話す番がまわってきたようだけど、あいにくサラなんて娘は知らない。っていうか熱い視線をよこしてくる娘っ子たちがなんせ掃いて捨てるほどいるもんだからいちいちおぼえていられない。


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