第四章 夢のおわり

第51話 魔女のささやかな過ち


 侵入者に気づいたのは日を越して間もなく。ベッドのなかレベッカは夢をじゃまされたふきげんに眉をしかめたけれど、それがなんの夢だったんだか首をかしげてもおぼえちゃいない。

 シーツから出した足をゆっくりしずかに床へおろす、するとひんやりした石の感触でからだも目を覚ました。

 だれだろう。

 音もたてずリビングに忍びこんできた者の気配をレベッカは目をとじうかがった。真夜中という点をひとまずおくにしても、呼び鈴は鳴らさず表玄関をとおらず案内も請わずにこっそりはいって来たからにはまともな客ではない。そしてそれなりに魔法もつかえるはずだった。なぜならこの家ぜんたいには結界が張ってあってレベッカの許しなくしてなかにはいることは叶わない。


 さすがに寝室にまで侵入しなかったのは筆頭魔女としてのレベッカ、あるいは単に淑女レディーに対しての礼儀かそれとも家ぜんたいに張ったのより数段たかいレベルの魔法で張った寝室の結界を破るほどの腕ではなかったのか、いずれにせよいまのところ寝室にまで踏みこむ様子はなさそうだ。

 いったいなんの用だろう。

 強引に通したい要求でもあるのか、余人には知られてならない頼みごとか、秘密の情報でももたらすのか、あるいは刺客。

 コソ泥ならよほど不運でまぬけだとわらってやるところだけど。あり得ない、とレベッカは首をふった。かのじょの結界を破れるぐらいの魔法がつかえるならけちなコソ泥なんかやっていない。


 この世に筆頭魔女(と本人は主張するけど)をねらう者なら事欠かない。筆頭魔女の座をねらう者、実力者をたおして名を上げようとする者、あるいは魔女に恨みをもつ者たち、すなわち王室や騎士団や教会やその他もろもろ魔女と何百年ものあいだ血みどろの争いをつづけてきた者たちだ。


 なんにせよ招かれざる客だ。早々にお帰りねがいたいものだわ。夜着のうえからまっくろなローブをまとうあいだにもベッドの脇にあるはずのスリッパをさがしてつめたい石の床のうえを足でさぐった。真夜中の寝室はまっくら。窓のそとでは月をどこかにかくした雲がやたらはやく流れて、まばらにまじった雨がときどき窓をたたく。雨はきらい。筆頭魔女はゆううつに首をふり、寝室のドアをあけリビングへとつながる廊下をゆっくり歩いていった。



  ***



 侵入者がきえたあとのリビングで右腕を伸ばしたままレベッカはしばらく動けなかった。戦いそのものはたいした問題ではなかったけれどその結果の副産物はすこしばかりやっかいだ。ゆっくり腕をおろしてテーブルを一周したあと、月あかりが射したのに気づいて外へ目をやった。雲の流れはあいかわらずはやい。その切れ目から赤い三日月が隠れたりまた見えたりしている。雨はあがったようだ。


 こんな夜は先生に弟子入りしたばかりの頃を思いだす。極北の、悪魔に魅入られたような夜の嵐が七歳ななつのレベッカにはおそろしくてならなかった。あまったれた子供はきらいなエリーに泣きつくわけにもいかず、レベッカは毎夜ふるえてシーツにくるまっていた。今夜のように窓のそとは風がうなり、雨がぱらぱらと屋根や窓をたたき、月の光は不吉にゆれて、妖魔が跳梁する夜だった。

 そのうえ部屋のなかでもなぜだか獣のにおいがしたり息づかいが聞こえてきたり、ときにはおおきな鳥が羽ばたく音とあわせて風のそよぎがとどいたりでますますレベッカはシーツから顔を出すことができなかった。それがおさない弟子のさみしくないようにと、添い寝のため魔女が送りこんだ使い魔たちだと知ったのはようやく冬が終わる頃だ。


 まったく子供のとりあつかいかたをわかっていないひとだった。自分が添い寝してやろうって考えが出てこないのはともかく、代わりのつもりで獣を送りこんで、そんなのやしきに来たばかりのおさない子供が心づよく思うどころかますます恐れをなすだろうってこと思いつきもしないのだ。王室との歴史的和解をなしとげた筆頭魔女とも思えない考えのなさ。

 そんなことを戦いのさいちゅう思いだして、にが笑いしていたのがわるかった。功名心にはやって夜討ちしようとやってきた聖堂騎士団のわかい騎士を難なくいなしたあと、ううむ殺すと王室への申し開きがめんどうだしどこか遠くへ飛ばしてやろうと右腕をふりかぶったとき、つい頭にうかんだ南の島へその騎士を飛ばしてしまったのだ。


「バレたら先生怒るだろうなあ」

 ここはだまっておこうとすかっときめた。あとの始末は……そうそう、あそこにいるサラにまかせりゃいいのよ。


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