第42話 エリーとレベッカの魔女修行


 陽がしずんだあとにやっとサラが家に帰ってきたおかげで、その日の夕食はずいぶんおそくなってしまった。エㇽダのごちそうでおなかがふくれていたからサラ自身はいいんだけど、魔女の方がね。

「じゃあ自分でつくって食べててくれてもよかったのに」

「今日のごはん担当はサラの番」

 この家に住むにあたって、家事はかわりばんこでやるのだとふたりできめた。それはそうなんだけど、もんく言うぐらいなら今日の分だけやってくれてもいいのに。そんな心の声を見すかしたように魔女が言った。

「決めごとは守る、ってゆうのが我がローズウッド家の家訓なの」

「シンプルな家訓だよね。だれがきめたんだろ?」

 肩をすくめてスプーンをくわえるサラ。エリーはひと指しゆびをななめにして、自分を指して見せた。おもわずサラは、口のなかの熱々スープをごっくんと飲みこんだ。

「え? エリーばあちゃん?」

「……は禁止」


 おっと、ごきげんななめになったみたい。話題をかえるべきだとサラは判断した。その手の判断力はローズウッド家の女たちのとくい分野なのだ、なにしろ何世代にもわたってエリーの家族をやってきたんだから。

「と、こ、ろでさ」

「……なに?」

「この島のひとたち、みんな肌を出しすぎじゃない? 目のやり場にこまっちゃうよ。エリーちゃんよくへいきでいられるね。どう思ってるの?」

「ん? 目の保養?」

 さらりとエリーが言う。さすがよわいウン百年の大年増おおどしまだわ。

「よけいなこと言わないの」

 じろりとスープから目をあげるエリーにあわてて、

「言ってない」

「でも考えたでしょ?」

 なんて勘してるんだ。ちらっと見るとエリーはなんでもお見とおしって顔でこっちを見かえしている。ながく世にる大魔女に隠しごとはできないみたい。



  ***



 ふたごの魔法修行につきあうことで、結局なしくずし的にサラもエリーのレッスンを受ける恩恵に浴している。はじめサラはこんなので修行になるのかと疑問に思った。ふたごはたいして魔法陣を知らないしエリーときたらそれを教えようってそぶりもまったく見せないし。

「だって私は魔女を育てるつもりないもの」

 魔法陣やら呪文詠唱やらがないと魔法がつかえないってのは魔女としてはたいしたことない、とエリーは言った。それに関しちゃまあ反対しないけど、でも初心者がさいしょに魔法を練習するならまずは魔法陣の描き方からおぼえるのがいい、とサラはレベッカからおそわったのだった。


「ふうん。あの子らしいなあ」

 対してエリーは、そんな基本をまるっと飛ばしていつも実践から入った。七歳ななつで入門したレベッカにその日出された課題は、家じゅうのカーテンをきれいにすること。水をつかわず、手を触れず。


「天才肌だったからね、あのひとは」

 暖炉のまえで、火をよぶ魔法陣をサラにおしえながらレベッカはとおい目をしたのだった。ことし新年が明けてすぐの頃のことだ。

「頭でかんがえるよりさきに勝手に魔法が出てくるのよ」

「そんで、どうやってカーテンきれいにしたの?」

 魔法陣を描ききったサラが顔をあげた。窓からオーロラが見えた。冬の夜の澄みきった空におりた巨大なカーテンは、ごうごうと鳴る風にゆられてつぎつぎ形と色とをかえた。

「ひとつずつ塵を燃やしてったのよ」

 気のとおくなる作業だった。おひるをたべてから日が暮れるまでずっと塵を燃やしつづけても屋根裏のひと部屋ぶんしかきれいにできなかった。つぎは広間のカーテンだ。レベッカ三人ぶんぐらいまるまるくるんでしまいそうなおおきなカーテンが六つも。こんなのとてもおわらない、つかれた、おなかすいた。泣きべそかいていた幼いレベッカの頬に、うすいカーテンをすかして夕陽がかかった。秋のやさしい光。いまでもときどき思いだす。


 陽がかげって、頬のあたたかみがどっかに行ったと思ったら、そこにエリーが立っていたのだった。

「おや、この部屋はまだ終わってなかったのね」

 この部屋どころか、終わったのは屋根裏ひと部屋っきり、あとはひとっつも手をつけられてないんです。わたし失格ですか? うかんだ涙のむこうで世界と希望が頼りなくにじんだ。


 不世出の天才とたたえられていた偉大な筆頭魔女は神の恩寵を忌むように夕陽から顔をそむけて、幼いレベッカへわるい秘密をこれから明かすよって表情をして見せた。そのとき見あげた魔性のみにレベッカはいまも魅せられつづけている。


「先生はね、うたったの」

「歌?」

「そ。調子っぱずれの歌」

 夕陽の光線が七色にわかれて壁に模様をつくっていた。どこかの国のだれも知らないふるい歌を、詞はわすれてしまったのかところどころ鼻歌にごまかしながらうたうエリーはなにも考えてないって顔でただただ幸福そうにうたっていた。歌声にあわせてカーテンからは塵や埃がぱんっととび散り、次いで染みやくすみがみるみる消えて、レベッカの目のまえでカーテンはあざやかな色をとり戻していった。レベッカの頬のなみだもかわいていった。自然となみだがかわいたのかそれともそれさえ先生の魔法だったのか、もはやとおい記憶のむこうで境界がかすんでさだかでなくなってしまっている。

「あの日私は先生の魔法にかかっちゃったのよ」

 それは秋の、やさしい夕暮れどきのことだった。レベッカはとおい目をしてそう言った。


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