第41話 島のエチカはサラにはつらい


 川をくだって一時間ばかりのところにエㇽダたちの村はあった。

 河原に舟をつけると三人は小川ぞいにひらけたけもの道をのぼっていった。その道は何世代にもわたってさまざまな森の動物たちが通ってできたあと。大樹の幹や育ちかけの若木やつる草たちが競っていい位置を占めようと枝を伸ばす森をぬけると忽然と視界がひらけて高床式の家々があらわれた。


 さっきからサラは声にこそ出さないものの心のなかではとびきりかんだかい悲鳴をあげっぱなしの叫びっぱなしにしている。

 広場にあつまって料理の下ごしらえをしている、髪を三つ編みに編んだ女たち。腰から下には下穿きをちょっとだけ念入りにしたような布をみな一様に巻いているのはまあよいとして、上にかぶったシャツは穴があいたりうすくて透けちゃってたり、なかにはそんなシャツさえ着てない女もいて無雑作に上半身をほっぽり出してる。

 まあそれはいいのだ。よくはないけどまあ目をつぶろう。でもね――とサラはまえからやってくる若い男にこわごわ目をやった。

 サラスバティ族では男たちもながく伸ばした髪をところどころ三つ編みにし横に垂らして、うしろの髪は束ねて頭のうえに編み上げるのが流行りみたい。そんな三つ編みがはだかの肩にかかるのはいかにも精悍で野性の狩人って感じがしてちょっとかっこいいとは思う。

 でもでも。サラは目をもっと下へともっていきながら顔をあかくするのだった。みごとに割れた腹筋、そのさらに下へと目を移すとだいじなとこには女とおんなじあわい茶色の下穿きが巻いてあるけど安心ってわけにはいかない。ちゃんと布の下にかくれているけど、ぽろんってなってるわけではないけど、そこには男らしいふくらみがしっかり自己を主張していてしかもふと目があった男がなんだか誇らしげな表情をかえしたような気がする。気のせいだと思うけど、気のせいだって思いたいけど気のせいじゃなかったらどうしよう。

 とにかくさっきからゆきあう男たちはみなそんなかっこなのである。男女を問わず肌を見せることを避け家族のほかへは二の腕をさらすことさえ羞じいるような故郷のよそおいになれたサラには刺激の過激ななんとも破廉恥至極なかっこなのだった。

 耳までまっかになって、たすけを求めるようにふりむいたさきでは、妖艶なサンガがやっぱり腰からうえははだかでいるからいままで以上に意識してしまってもう空を見あげるぐらいしか逃げ場がない。

 空はアルバ村とちがって濃い青だ。とおくたかくトンビがゆっくり旋回している。どこか知らないところで子供たちのはしゃぐ声がいくつもからんでとけあって、途切れずひびいて音楽みたいになっている。


 そのなかからひとつ、音楽のしらべを乱して近づいてきた声が言葉になった。

「エㇽダ!」

 呼びかけた少年のたくましいからだはもうほとんど青年になっていて、やっぱりほかの男とおんなじように下穿きだけのかっこをしている。さすがにそろそろ目も心も慣れてきたけどやっぱり目のまえにまともにあると困ってしまう。空にはあいかわらずトンビがなにものにも脅かされることなく悠々と舞っていてきっと奴は地を這ういきものたちを見くだしてるんだろう。たしかに私たちはどうでもいい日常のあれこれに惑わされすぎているのかもしれない、この少年の下穿きの下になにかはいってそうでやだとかエㇽダのシャツが汗で透けちゃってるよとかサンガの胸からおなかにかけてすらっとうねる肌が妙にまばゆいだとか。

「どうしたのサラ、からだが固まってるよ」

 うしろからサンガが肩をつかんで言うからおもわずぎゃっと心のなかで叫んだ。

「顔あかいよ? 熱でもある?」

 エㇽダはエㇽダで額に手を伸ばして目の奥をのぞきこんだ。このきょうだい、スキンシップが多くてごくナチュラルにからだに触れてくるんだよ。半裸のかっこでさ。それがこの島の常識エチカなのかもしれないけど、ブリトニケの奥ゆかしい魔女にとっちゃそれ、非常識だからね。


 男の子はさっきから、こいつだれ? ってようすでサラをちらちらうかがうのに、エㇽダもサンガも紹介しようとか話を振ろうとかなんてそぶりも見せないからしかたなくサラが目で会釈した。少年は不意をつかれてちょっとのけぞったあと「魔女の仲間?」とふたりに訊いた。


「もんくある?」

 だれより魔女がきらいって言ってた自分がさいきん魔女の家にまいにち通って、しかも魔女の親戚を村まで連れてきたってことがティッカへのうらぎりみたいで気がひけたのだ。だからこれは居直りはんぶんやつあたり。

「こいつはティッカ。わすれていーよ」

「ひでえ」

 それがエㇽダだからね。ティッカ、お気の毒。


 ちなみにその日のエㇽダのはバショウガエルの包み焼き。こんがり焼けてるみずかきを見たときは卒倒しそうになったけど、ティッカがほぐしてくれた肉を目をつぶって食べたら案外おいしくってついついばくばく食べちゃった。おなかもこわさなかった。エリーの胃薬は出番待ちのままサラのスカートのポケットのなかでずっと待ちぼうけて、わすれられてそのうちポケットの底でしゅわしゅわ雨にとけてしまった。とけるころにはサラはティッカともうち解けともだちになっていた。うん、ティッカはいいやつだ。


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