第40話 見習い魔女たち


 今日もふたごのレッスンはつづく。サラはエリーのとなりにすわる。そのとなりでベンガル虎がひる寝する。

「ふたごちゃんたちの魔法をどう思う?」とエリーは訊いた。

「なってないね」


 これは質問ではなく設問だとサラは思った。魔女としての見識と研鑽をたしかめるための設問。まちがえちゃいけない、ただしく答えて自身の力を示すのだ。しゃきっと姿勢をただしてエリーを見ると、なにを言いだすか興味津々って目で見かえしてくるからますます気が抜けない。

「エㇽダはセンスいいけど、力まかせで理論がわかってないね。それにむらっ気がおおすぎて魔力がまっすぐ出てこない。移動魔法が苦手なのは、むだに手足に力がはいってるからかな。逆なんだよ、からだの芯に力を集中させなきゃ」

「さすがレベッカの仕込みねえ」

 えへんと鼻をたかくするサラ。そこで油断しちゃいけないよ。

「でもそれだけじゃだめ。まんなかの大通りをまっすぐ進むだけじゃなくって、ときにはわき道にそれる冒険も必要よ。サラはエㇽダに弟子入りするのがいいかもねえ。だってあの子、そこらじゅう寄り道しっぱなしの突き当たりっぱなし、目をつぶって走ってるようなものだもの、おもしろいわよ」


 そんなこと言われてサラはさっきから、エㇽダの魔法をよおく観察している。おもしろいかどうかはともかく個性的っちゃ個性的ではある。攻撃系の魔法を出すときなんか肩に力がはいりすぎててそれがかえって魔力のすなおな放出を妨げているってあたりは初心者まるだし。それでもそこそこ威力があるからポテンシャルは高いってことなんだろけどそんな程度で自分が負けているとはサラは思わない。

 元来が自信家なのである。生まれも育ちも足のさきから頭のはしまで、押しも押されぬ自信家なのである。自分がひとに劣るなんて考えはよっぽどじゃなきゃ思いうかばない。それに魔法に関しちゃなんてったって筆頭魔女(代行)のレベッカが弟子入りをゆるしてくれたのだ。そりゃ多少はエリーばあちゃんの身内だからってはあるかもしれないけれどそれでもレベッカおばさんの弟子になったからには魔女の才能のお墨付きをもらったようなものだ。

 ――やっぱりたいしたことないや。

 そうサラは品定めして、こんどはサンガに目を向けた。サンガときたら……エㇽダ以上になってない。というかまったくさっぱり上から下まで、魔女らしくないのだ。今日もどきっとするほどきれいで、ついつい見てるとふいっと目が合って、するとみをうかべたりなんかするもんだからいよいよ胸がきゅんとしちゃうけど、魔法に関しちゃまったくなってない。エリーばあちゃん、弟子をとる基準に邪心がはいってない?


「サンガに見惚れるなっ」

「ちがうっ」

 うっかり反射的に声が高くなったのは、自分ではっとしたから。こんな女みたいな男の子なんてこれまでいいと思ったことなんかなくってむしろどっちかってゆうときもちわるいと思ってた。なのにどきどきしちゃうのはたぶん時差ぼけか、あんまり気候のちがった南国に酔っているのかそれともエリーばあちゃんが妙な魔法でもかけているのか、とにかくこれは変で妙でだんぜん不本意だ。だれがなんと言おうと不本意だ。


「どんな魔法つかうのか見てただけ。サンガってあんまり魔法上手じゃないね」

「サンガの魔法はすごいよ。たぶんこの島でいちばんつよい」

「うっそだあ」

 エㇽダの意見は参考になんないと思う。だってすんごいブラコンなんだもん、サンガを見る目にはばら色の色眼鏡がついてるにきまってる。

「とにかく見てたのは魔法。サンガじゃないから」

 そう言って、サンガがさっきからいちども課題を成功させていないのにためいきついて、サンガのかわりに魔法でさくっと庭の木に桃の果実を実らせた。

「むっ。あんたなかなかやるね」

「ぜんぜんよ」冷淡にサラはかえす。「こんなのじゃまだまだ。エリーばあ……とっと。エリーちゃんがびっくりするよな、もっとすごい魔法でぎゃふんと言わせてやんなきゃなんないの。あーあ」

 草のうえに仰向けになると、極楽鳥が樹々のあいだを飛ぶのが見えた。ゆったりとした羽ばたきに枝葉がゆれて、太陽のひかりがちろちろこぼれた。その視界にぬうっとエㇽダが割りこんできた。

「な……なによ?」

 じっと見おろすその目はきらきらしてて、サラはちょっと気圧けおされてしまう。

「こまかいことはわかんないけど、」とエㇽダはサラの手をぎゅうっとにぎった。「つまりあんたは、あの魔女をへこましたいわけね?」

「ん? まあ……そうかな?」

 その勢いについサラはうなずいた。ちょっとちがうけど、まあいいや。

「よかった。あんたとは気が合いそうよ」

 ますます手をつよくにぎってエㇽダがにかっとわらう。そのさきは一足とびにつっ走るのがエㇽダだ。

「よし。んじゃこれからあたしたちの村においでよ、ごちそう作ったげる」

 太陽のような底ぬけの咲顔えがおで言うけど、サラにはの内容が想像できない。会って間もないながらも、この子の料理は危険だと本能が告げている。

「ん……うん、ま、またこんどね」


 それで逃げきれると思ったのならば、考えの甘いことグラニュー糖を煮詰めまくったシロップの如しだね。エㇽダはいちどやりたいと思ったことはやり遂げようとする性質たちだし相手がどう考えてるかって忖度する頭はないし、そのうえじつは意外とわすれない。

 だから「またこんど」と言われれば言葉どおりにつぎの日また誘うのだ。それで断られればまたそのつぎの日。サラは四日目で観念した。

「…………行くわよ、行くから、」

 だからだけは勘弁して。悲痛な心の叫びはむろんエㇽダにはとどかなかった。エリーちゃんに胃薬の調合を頼んでおこう。いや解毒剤がいるかな――サラはせめてもの自衛の算段を頭にめぐらせた。


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