第20話 ハイヌウェレは災厄の女神


「また会えるよ」

 家に帰ってくるなり大泣きしたエㇽダの頭をなでて、サンガがなぐさめた。ますますエㇽダはなみだをぼろぼろこぼして、「ちがうの、」としゃくりあげた。

「仲よくなれたと思ったのにい」

「仲よくなったよ」

「だったらなんであの子つめたいの? あの子ちっともふりかえらなかったの。ふりかえらないで行っちゃったの。あたしずっと見送って、見えなくなるまで見送ってたのにいいん」

「それはね、エㇽダ」頬のなみだをぬぐってやって、「これが最後じゃないってわかってたからだよ。また会えるからふりかえらなかったんだ」

「ほんとに?」

 べそをかくエㇽダに、それはそれは婉然とサンガはほほえんだ。

「ぼくがうそつくと思う?」

「思わない」

 エㇽダが涙ののこる目でサンガを見あげた。

「いい子だ」

 目をほそめてやさしく見つめかえすサンガの首には、魔女にもらった首飾りがぶらさがって揺れている。あのオオトカゲからりとった飴色の角。そのなかには三ツ眼トンボの眼と七色蛍なないろほたるはね百歳蔓ももとせかづらの花とが埋めこまれてふしぎな色でかがやいていた。




 この島のほとんどの部族で用いられている高床式の家はそれぞれこまかい様式にちがいはあれども共通して屋根と床と柱がおもな構造物で、まわりの壁はおまけみたいなものだから風はすうすう通るわ森の獣たちの息づかいがそばに感じられるわ、それに見はらしだって抜群にいい。

 不用心? とんでもない、だってこの島にはどろぼうも押しこみ強盗もいないのだから。

 でも、ほかの部族から攻められるんじゃないかって? それも心配いらないね。七つの部族のあいだでは争いごともあるけれど、その決着はみなの見ている広場の決闘でつけられるっていうのがむかしっからのルール。夜討ち朝駆けだまし討ち、戦士以外へ刃を向けるのも家や畠を荒らすのも、そんなことすれば他の部族から総すかんを喰らってしまうひきょう者のふるまいで、だからだれも敢えてしようとは思わない。それがこの島の倫理エチカ


 そんな壁のない家に大家族みんながごろんと雑魚寝するなか、エㇽダはねむれずそとを見ていた。

 雨はあがって、椰子の葉の向こうの月は金色にかがやいていた。月に照らされヤモリがケッケッと鳴いた。夜に人がおそってくる心配はないかわりに人びとの脅威となるのは虫や蛇や獣たちで、その点いろんな虫を捕食してくれるヤモリは家の守り神として重宝されている。鳴き声のした柱へ目を向けるとヤモリと目が合った。無心に見かえすヤモリの瞳も月とおなじ金色をしていた。


「起きてる? サンガ」

「起きてるよ。ねむれないの?」

 横になったままサンガが答えた。ねむるときだってふたごのふたりはリズムがおなじ。エㇽダがねむれないなら、サンガだって起きている。


 ちいさな弟や従姉妹たちの寝息が大人たちのいびきにまじって聞こえてくる。ヤモリはその金色の目玉で今夜もちいさな子供たちのやすらかなねむりをまもっている。

 こんな夜に子供たちをおそうのは蚊やサソリばかりではない。一歩森のなかへはいれば妖魔たちが待ちかまえている。むかしむかしハイヌウェレが山のうえに封じられたとき巻きぞえで死んでしまった魔法つかいたちの霊が妖魔になって、魔力ある子供を仲間とまちがえ冥府の底まで連れていくんだってなんども母さんに聞かされた。



 ハイヌウェレというのは島に七部族がうつってくるまえからこの島に住んでいた妖魔で、またの名を災厄の女神。あるいはかつて、豊穣の女神とよばれていたこともあった。


 伝承によると七部族がこの島へ辿りついたのはもうずっとむかしのこと。それまで住んでいた国に白い悪魔たちがやってきたのがきっかけだ。悪魔はさいしょはやさしい顔して気前よくいろんなものをくれた。でもそのうちわるい本性をあらわしてひとびとをこきつかったりさらったり、そんなこんなでみんなすっかりやつれはててしまった。


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