第二章 魔法つかいの弟子
第19話 使い魔にもえらぶ権利があるのだ
おおいなるブリトニケ連合王国、その王都が鎮座するのは北のはて。おさない女王さまの冬の花園で咲かせた季節はずれの花と、南の島の魔女の家の生垣に咲く門番の花は、じつはおなじ種類なんだけど南の楽園で咲くとこうまでおしゃまでにぎやかになるとは、どうやら人も花も置かれた場所しだいでずいぶん変わるものみたい。めぐまれた環境にいるってことをかれらもすこしは自覚してほしいもんだ。
もちろんそんなこと、いまのエㇽダの知ったことではないけどね。
サンガを取りかえすためにティッカといっしょに魔女のおつかいを果たした日からかぞえて七日、二度と来るもんかなんて
けっきょく六角オオトカゲはからだじゅうにできたけがが癒えるまで、七日間を魔女の家で過ごした。
エㇽダがそれを聞いたのは魔女がよこしたオオイヌワシからだ。
もとの湿原にかえしておくよと言ったワシの伝言に、湿原へは自分が連れていくときっぱり宣言してエㇽダは勇ましく魔女の家へ向かったのだった。べつにいいのに、ってオオイヌワシがぼそっとつぶやいたのは無視、無視。
サンガは連れていかない。なんだか魔女に会わせたくないから。とゆうわけでえ、かわいそうに今日もお供はティッカの仕事。あ、ティッカにすればかわいそうでもなんでもなくって、むしろごほうびか。
魔女の家のまえでは白ワニがおとなの背丈ほどもあるしっぽをはんぶん川にしずめて、口をかぱあっとあけたまんまたぶん三日ばかりのんびり獲物を待ちぼうけていた。そのすぐよこをそおっと通りすぎるとワニの背のうえに羽根をやすめる鳥たちがいっせいにこちらを見るから片目をつぶって「しいっ」と口をつぐませた。ワニはいぼだらけのまぶたをとじたままだ。きまぐれな川の鳥たちは宿主をうらぎって人間の少女のがわに立つことにしたらしい。
ぶじ通りすぎるとつぎは生垣だ。赤むらさき色の花たちは今日もかしましい。ティッカがいなかったらえんえんつづいたかもしれない口げんかをさっさと切りあげさせて、いー、ってべろ出すエㇽダの背中を押し生垣を通りぬけて、やっとこさで魔女の家の扉のまえへ。ほんとにティッカはご苦労さまだ。
「トカゲはっ?」
扉をあけるなり前置きもなにもなしに訊いたエㇽダに、魔女はガラス瓶をもった右手で、ぐつぐつ煮られている鍋を指した。それは子供ひとりぐらいならかるがる放りこめそうな大鍋。魔女がもつガラス瓶のなかで毒々しいみどり色の液がゆれた。テーブルのうえにならぶガラス容器のなかの液体はおおむねクリーム色。鍋のなかでねばっこいあぶくをたててるスープはあかがね色だ。
「え……まさか……食べちゃったの?」
直後、あたりに響きわたった絶叫は川の水鳥をみな飛びたたせ、樹々の葉をみどりのまま散らせ、おまけにはずみで白ワニの口を三日ぶりにとじさせた。
「食べるわけないじゃない。ばかねえ」
ふふっと魔女がわらうのをベンガル虎はひややかに見てまたすぐ下顎を床におとした。エㇽダはまだ半べそをかいている。
「ばかはあんただ。うそつき。ひとでなし。あんたとは二度としゃべらない、ばか」
しゃくりあげながらとぎれとぎれに言うエㇽダのもんくを聞いているんだかいないんだか、魔女は大鍋をかきまぜてひとくち味見する。
「うん、効きそうだ」
言うと同時にぱっと部屋のまんなかにオオトカゲがあらわれた。こんなあざやかに瞬間移動させるなんてそりゃすごい魔法なんだろうけど、魔力のむだづかいだと思わない? となりの部屋から連れてくればすむことなのにね。
とつぜんリビングへ呼びだされた六角オオトカゲはあわてることなく、大鍋からひとさじすくって魔女がさしだす薬湯を喉の奥へごくんと流しこむと、ぐるっと首をまわして部屋を見まわした。そこにはじいっとこちらへ目を向ける少年少女。
ああ、またこいつか。
落ちつきがなくて思慮も足りなさそうだが、わるいやつでないことはわかった。人間にしては好感のもてるやつだと思う。
だが元来が孤高を好むこのオオトカゲは、多少心を通わせたとはいえ少女となれ合うつもりはまるでなかった。エㇽダが駆けよって「だいじょうぶ? もう痛くない?」と肢にふれようとするのをさっと避けて知らん顔。
魔女がくっくとわらうのをエㇽダはにらんで、それからオオトカゲへは
「よかった、元気そう。心配してたんだよ」
そんですきをついて首にとびつきぐりぐり抱きしめた。やれやれ、とオオトカゲは首を左右にふった。めいわく千万だ。
「さ、森へ帰ろう。ついておいで」
ぞんぶんに抱きついて満足したエㇽダが意気ようようと立った。オオトカゲはその言葉を無視して、ベンガル虎と別れのあいさつを交わすため奥の部屋へとのっそり向かった。とうとう魔女がぷっと吹いたのを、なみだ目でエㇽダがにらむと魔女はうっとりするよな流し目をかえした。
「きらわれたみたいね」
「まだまだこれからだいっ」
「んふふ、その意気よ」
「ぜったい仲よしになってやるんだから。それから、あの子あたしの使い魔にする」
足をばんばん床にたたきつけながら、オオトカゲの消えていった扉のむこうをにらんで言った。ガラス瓶ふたつのなかのあやしげな薬を調合しはじめていた魔女は、液体のはいったビーカーに注意を向けたままエㇽダを諭した。
「使い魔ってねえ、相手を見きわめるのよ。その価値ないひとの言うことはきいたりしない」
魔女の言葉にエㇽダは、かあっと顔をまっかにさせた。二度と魔女とはしゃべらないって言ったさっきの誓いはもうすっかり忘れている。このさき思いだすこともないだろう。
「くっそお、見てろおっ」
エㇽダは叫んだけれど、けっきょくこの日オオトカゲは、魔女の使い魔すべてへ世話になった礼をのべてからやっと、ティッカの漕ぐ舟にのって森へと帰っていった。むろん使い魔になるどころじゃなくって、湿原について舟からおりると、エㇽダの呼びかけに応じることなく悠々と林のなかへ姿を消した。
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