第8話 おしごとは材料あつめ


 ふたたび森の奥からは鳥と獣たちとがさかんに啼く声が聞こえてきていた。それはこの地に圧制をしいていた妖魔の消滅をよろこぶ声ともとれるし、あらたな強者があらわれたことへの警戒をうながす声ともとれそうだ。魔女をどうあつかったものかわからず、ただ直感で全身警戒のかたまりになっていたのはエㇽダもおんなじ。そんななかサンガだけははじめっから魔女をおそれもきらいもしないで、魔女が目のまえに立つのにやわらかく会釈をかえした。


 サンガの髪は少女のようにさらさらだ。そのながい前髪を魔女は梳きあげて、下からあらわれた額にぴとっと手をおいた。

「あんな妖魔、どうしてさくっと倒さなかったの? きみの力なら――」

「なにすんだっ」

 おとなしくされるがままのサンガ、かわりに声をあげたのはエㇽダだけれど魔女はかのじょをかるく無視してしばらく聴診するみたいに手をあてつづけた。

 それからやっと額の手をはなすと、

「わかった。ちょっと私の家までいらっしゃい」

 とサンガの手をとった。


「なによそれ」

「なにって……この子をさらっちゃおうかな、なんて」

 あっさり物騒な言葉をはなって、あまつさえ優雅に婉然と魔女はにっこり。

「きみは帰っていいわよ」

「ばかいわないで。サンガおいて帰れるもんか」

 言葉よりさきにサンガへと伸ばした手が見えないなにかに阻まれて、「あちっ」とエㇽダは手をひいた。見ると手の甲があかく腫れている。

「エㇽダ」あえかな声あげ、サンガは魔女へふりかえった。「エㇽダにひどいことしないでよ」

「あたしは平気、こいつなんかにやられるもんか。それよりサンガだよ。待ってて、すぐやっつけてやるからこんなやつ」

 けれどもエㇽダがぶつける火炎はどれもこれも魔女にとどくことなくはね返されて、地面におちるまえに消えてしまった。魔女は身じろぎひとつしないで、こんなの相手するまでもないって風に落ちついている。


「ご執心ね。かえしてほしい?」

 ご無体な魔女はにっとわらった。

「かえしてほしければ……そうね。この子のいちばんの親友を連れてきなさい。手伝ってもらいたい仕事があるの。それが済んだらみんなかえしてあげる」

「親友う? だったらあたしよ」

「もちろんきみにも手伝ってもらうわ」と魔女は、すまし顔。「でもひとりじゃ荷が重いと思うの。だからもうひとり、親友にね」

 そう言って手を引きよせた魔女にサンガは抗わなかった。ここでいやがるそぶりを見せたらまたエㇽダがあばれだしそう。そんで痛い目にあうのはどうせきっとエㇽダなんだ。


「できるだけはやく来なさいね。お仕事いっぱいあるの。もたもたしてたら今日じゅうに終わらないかもしれないわ。私はひと晩ぐらいこの子泊めてあげたってかまわないけど。あらやだ待って、それもすてきじゃない……どんないたずらしちゃおうかしら」

 うふふとウィンクして、きいいっと怒るエㇽダに魔女は背を向けた。



 それが二時間ほど前のこと。

 いそいで伝書ミミズクを飛ばしてエㇽダはティッカに急をらせたのだった。ミミズクはエㇽダの使い魔のひとつ。母からおそわる魔法の勉強はついさぼりがちでおこられっぱなしのエㇽダも、使い魔は便利なもんだからいくつもつかいこなしている。


 二時間たって、庭にあらわれた魔女のドレスに破れた痕はなくなっていた。直したのだろうか、それともあたらしいのを出したのだろうか。ふしぎといえばふしぎだけれど、べつに魔女のドレスなんか興味ないし追究するつもりもぜんぜんないね。


 そんなことより。

「さあ、来たよ。とっととサンガかえしてよ」

「お仕事がさきよ。そしたらかえしてあげる」

 魔女はぺろっと舌を出す。わるいやつらの舌はもえるようにまっかなものだと思っていたのに、魔女の舌は意外なほどにみずみずしいピンク色。

「この子がお手伝いしてくれるのね。うん、げんきはありそうだわ」

 ほほえんで見せる魔女に、惑わされるもんかとティッカはまっすぐつよく見かえした。

「あいつはどこだよ」

「寝てるわ、奥のベッドで」

「やらしーことしてないでしょうね」

 エㇽダのとんがった声に、

「ま!」うふふと魔女は妖艶にわらった。「どぉんなやらしいことなのかしら、エㇽダちゃん。おしえて? おねえさんわかんないわ」

 白いゆびで頬をなでられるとエㇽダはこたえられず顔じゅうまっかにしてしまった。だいたいやらしいってどんなことなのか、エㇽダ自身がよくわかってないのだ。かわりにティッカが魔女の手をはらった。

「エㇽダをからかうのはやめろ」

「きゃんっ、すてきね、さすが男の子。その調子でエㇽダちゃんをたすけてお仕事するのよ――じゃあ本題にはいろうかしら」

 そうして魔女はつぎつぎ注文をかぞえあげたのだった。


「三ツ眼トンボの首と六角オオトカゲの角と七色蛍なないろほたるはねと、廿日不寝草はつかねずくさの実に百歳蔓ももとせかづらの花、あとは……ううんこれだけあればいいわ、これで呪具がつくれそう。日が暮れるまでにとってくるのよ」

「ぜんぶ?」

「そ。ぜんぶ」

「無茶言ってんじゃねえよ、てかなんだよ百歳蔓って? 聞いたことねえよ」

 ティッカは口をとんがらせるが、魔女は気にしない。

「百年魔力を吸ったかづらだけが咲かせる赤い花よ。南の島でしか育たない、めずらしい花。この森にあるのはわかってるの。でもなかなか見つかんなくてねえ」

 よわったわって風に首をかしげてふうっ、とためいき。

「きみたちが見つけてくれるとうれしいわ」


「魔女が見つけらんねえものを、なんでおれたちが――」

 言いかけたところでエㇽダがあいだに入った。

「わかった、とってくる。とってくるから、ぜったいサンガに手ぇ出さないで」

 まっすぐにらむ少女の、相手がなんであろうと焼きつくそうっていきおいの燃える視線をすっとかわして、魔女は平和にわらった。

「いい子ね、エㇽダちゃん。だいじょうぶ、私のベッドのうえは、世界でいちばん安全よ」


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