第7話 魔女 × 妖魔


 妖魔から解放され自由になったサンガとエㇽダはたがいに駆けよって、手をにぎりながら魔女と妖魔の様子をうかがった。

 胸から背につらぬいた槍を見おろした魔女の、うつむいた顔がどんな表情をしているかはわからない。槍はもれ日をうけぶきみに黒くかがやいて、魔女の背からつき出た槍の穂先と、胸のがわにのこったの尻とがぷるぷる揺れていた。

「…………やられたの?」

 エㇽダが心ぼそい顔でサンガを見あげた。

「いや。だいじょうぶ」

 その頭を撫でサンガは魔女へと顔を向けた。

「そうなんでしょ?」

 声をかけたさき、魔女に刺さった槍は、獲物の手応えをたしかめているかのようにゆらゆらとからだを揺らしている。魔女は無言――


「せいかい」

 沈黙をやぶったのは、わらいをこらえる声だった。仕掛けたいたずらを見やぶられてしまった子供のような。下を向いたままの魔女は肩を小刻みにゆらして、たのしそうに、でもちょっと不満そうにつづけた。

「もうすこし心配させてあげようと思ったのに……どうしてわかっちゃったの?」


 声と同時にとつぜん、槍がもだえるようにくねくねと柄をうごめかせた。それから釣りあげられた魚みたいにからだをびくんっと撥ねさせると、いくつもの黒いしずくになってとび散った。しずくはまたすぐこまかくわかれて、黒い靄になったのが方々へ散るうち色がだんだんうすくなった、うすくなって森の樹々のうしろへ逃げこもうとする、それを逃がさないって風に魔女が手を伸ばした。


「おろかね。逃げられると思ったの?」

 くいっと魔女がゆびを曲げると、宙へとけて消えようとしていた靄はいっしゅん綱引きするみたいにぴんとこわばったあと、ぐったり力をうしなってそのゆびのさきにみんな吸いよせられてしまった。

「ざんねんだったわね、相手がわるかった――でも相手の力を見極められないようじゃ、どのみちだめね」

 ゆびにあつめられた靄を見おろし魔女が言う。靄はどんどん吸いよせられて、吸いよせられたさきからゆびのなかへと消えていく。


「あの……妖魔は?」

 問いをかけるサンガに魔女はにっとわらった。そのあいだにも黒い靄はどんどんすがたをちいさくして、最後に「きゅっ」とちいさな断末魔の叫びさえ吸いこまれてすっかり消えてしまった。

「ああ、食べちゃった、魔力の源にね。ちゃちな妖魔だったけど、ちょっとは足しになるでしょ」

 ちゃちなわけがあるか。魔法のセンスなら村でいちばんって母さん太鼓判のあたしが手も足も出なかったんだぞ。でもそれを認めるのは癪だから金輪際ぜったい言わない。あたしが敵わない妖魔をあっさりこいつが負かしてしまうなんて、そんなのぜったいなにかのまちがいだ。


 くやしさいっぱい、ぎゅうっとにらんださきでは魔女はおっとり、槍で穴のあいた黒いドレスのやぶれた部分をひょいとつまんだ。胸のあたりにあいた穴からのぞくのは、やはり胸からへそのあたりまで裂けているしゃの下着。服にははっきり妖魔の槍に裂かれた痕がのこっているのに、まっしろな肌にはきずも血もなく、白磁のようなすべらかな艶が妖しいほどなまめかしく息づいている。おもわず見とれたエㇽダと目を見あわせて魔女は、

「やあねえ。お肌が見えちゃう」

 と穴のあいたところに風が通ってひらひらするのを手でおさえた。そのゆびのあいだから胸のふくらみがちらりとのぞいた。視線をサンガにうつした魔女にいやあな予感がして、エㇽダはかばうようにサンガのまえに立ちはだかった。腰に両手をあてて。


「サンガになにか用?」つんけん邪慳なエㇽダへ、

「あれれ。お礼の言葉もないのね」と魔女はちょっと意外そうな顔をして見せた。

「ま、いいわ。べつに感謝してほしくてしたことじゃないし」

 うふふんとわらうと魔女はこちらへ向かって歩きだした。


 草木がやたら生い茂る森のこと。足もとには笹がむらがって、大樹の根っこが土のうえまでうねって、蛇やムカデは地を這っているしおまけにたいてい地面は濡れてぬかるんでいるから村のげんきな子供たちだって走りまわるときは足をとられないよう気をつけていないと転んでしまうっていうのに、魔女は河床をすべるみたいにすすすうっと歩くのだった。


 よく見ていると、足もとの根っこは魔女が近づくとしおらしくこうべを垂れて、その歩みをじゃましないようけていた。根っこを通り過ぎるとつぎは蛇だ。毒牙をひからせ鎌首もたげていたあざやかなエメラルド色の蛇は、魔女がくるとうやうやしく身を地へ伏せた。

 だれも魔女の歩みをさまたげなかった。魔女はなにものにも目を配ることなく、ただサンガの瞳だけをまっすぐ見つめて近づいた。そうして立ちはだかるエㇽダをすいと避け、いともやすやすとサンガのまえに立った。


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