第3話 舟のうえの思春期


 たまらずティッカが視線をそらしたさきではもう熱帯の太陽が雲を追いはらって、天のめぐみを受けとめた泥の川は波をゆらすたびひかりを四方に飛び散らせている。雨も太陽もここではいつも唐突だ。

 どこにかくれていたのか子供たちが川に飛びこんで遊びだしている。まだ年端のいかない子供たちは男の子も女の子もみな陽にやけた肌をさらして、その素肌に頭上からさす赤道の陽光はまるで暴君、一方泥ののクッションを経てかえってきた光はさしづめ慈母ってところで、子供たちのからだにやわらかい水のあやをうかびあがらせている。

 一か月前はエㇽダもあのなかで、はだかではしゃいでいた。いっしょに走りまわっていたあいだはふくらみかけた胸を見たってなんとも思わなかったのが、かのじょが母のおさがりのシャツを着るようになったとたんに、ティッカは幼馴染をそれまでとおなじ気持ちでは見られなくなってしまった。

 ちくしょおエㇽダのやつ、おれにどんな魔法かけやがったんだ。



「どうしたの? 顔あかいよ?」

 いつの間にかすぐそばに寄せられていた顔に気づいてはっと飛びのいた。まったくこのとしごろの女の子ってふつう男の子よりかよほど早熟なはずなのにエㇽダときたらまだまだ子供で、おかげでティッカはしょっちゅうどきっとさせられる。それが魔法だってのはかんぜんに誤解だけどね。

「へんなの」

 ほら、このなんにも考えてなさそな咲顔えがお。そのうらに魔法でひとの心をあやつろうなんてたくらみがうかぶとは思えない。


「邪魔すんじゃねえよ、綱がほどけねえじゃねえか」

「うっわ、ひっどい。自分が不器用なくせしてあたしのせいにすんの? いいからとっとと舟出してよ、サンガが心配だわ」

 口はとんがっているけど川上を見はるかす目はすずしげだ。川のうえを流れてくる靄をはらんだ風にながい黒髪をなびかせて、エㇽダは目をほそめた。その姿をあおぎ見とれて、ティッカはそこにそのまま針でぴんっと止められたみたいに言葉も呼吸もなくしてしまった。


「ほらあ、はやく」

 無邪気にうながすエㇽダがぐるぐるうずまくティッカの思いに気づくことは当分なさそうだ。

「うるせえっ。おれに指図すんじゃねえ」

 いつものエㇽダにほっとしながらすこしは察しろよと呆れはんぶん苦情はんぶん、乱暴に言ったとき舟のもやいはようやくほどけた。



 川に舟を入れると、おおきな魚のおどろいてよけるのが小波さざなみのかたちでわかった。陽のひかりがあたためる泥水の下でうろこがほのかにひかった。

「とらないの?」

 家族みんなのおなかを満たしそうな大物だ。

「いまはそれどころじゃないだろ。まず魔女だ」

「もしかして魔女に会うの、たのしみにしてる? ご指名だって言われてまさかうかれちゃいないよねえ?」

 エㇽダは頬をふくらせた。

「男たちみんなあの魔女のこと気になるみたいだよねえ、まあどうでもいいんだけどさ気にしちゃいないしぜんぜん、ほんとだよほんとに気にしちゃいないんだ、あんなやつどうせ他人だしでも、でもそんなにいいの? 顔? からだ? わっかんないなあ」

 言いながら自分のからだをくねらせて、しなをつくる真似をしては自分で見おろした。やせたからだには合わないサイズのシャツが水に濡れて、ぴたっと貼りついてしなかな曲線があらわれるおかげでティッカの目はまたついついシャツの奥のからだに吸いよせられてしまう。


 女のはだかを見慣れていないわけではない。村の者たちは子供のうちみんなほとんどはだかで過ごすのだ。身につけるのは下半身に巻きつける下穿きだけ。それだってずかしいからかくすんじゃない、虫やら菌やらよくわからない病気なんかから身をまもるため。さいきん流行はやりのシャツってやつをお年ごろのむすめが着るようになったのもひとつには草木や陽光で肌を傷めるのを防ぐため、それとおしゃれのつもりであって、異性の目を避けるってよりはむしろ見せびらかすためなのだ。

 ちょっと年齢としのいったご婦人やお堅いお嬢さんなんかはシャツを着ている子たちを見ると「まあはしたない」なあんて言って眉をひそめて、自分はむかしとかわらずはだかで過ごしてその方がおしとやかだと思っていたりするんだからわからない。ところ変われば常識も変わるもんだ。


 そんなわけでそとではシャツを着ているむすめも家に帰ると、みんなまるっと脱ぎすて上半身はだかで過ごすのがふつう。大家族で暮らすティッカは従姉妹や叔母や、べつに見たくもないけど母や祖母やきょうだいたちのはだかまでも見慣れてしまって、いまさら幼馴染のからだをめずらしいなどとは思いもしない――はずなのだ。


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