最終話:孤独から解放されて

 そして数年後、会社を引き継いだ杏介はそれまでの経営方針を一変し、下からの意見も積極的に取り入れるようになった。

 麗人は杏介の秘書として彼を支え、和希は高校教師として二人とは別の道を歩んだが、三人の交友関係は変わらず続いている。


「……麗人」


「なんだい?杏介」


「……あの時、俺を孤独から救ってくれてありがとう」


「む。どうした急に。なんだ?プロポーズでもする気か?同性婚が可能になったとはいえ、私は既婚者だが」


「茶化すな」


「ははは。すまない」


「……今朝、昔の夢を見たんだ。あいつと会ったあの日の夢を」


「和希かい?」


「あぁ。……あいつに出会わなかったら、俺は今頃どうなっていたんだろうな」


「時代に取り残されていただろうねぇ」


「……考えただけでぞっとするな」


「はははっ。君が傲慢なパワハラワンマン経営者になる未来を避けられて良かったよ。さ、着いたぞ」


 麗人が車を止めたのは結婚式場の駐車場。控室に行くと、ウェディングドレスを着た二人の女性の姿。そのうち一人は杏介の姿を見て目を丸くした。彼女は杏介の妹のみのり。杏介を招待したのは実ではない方の女性——実の妻となるみちるの方であり、実は杏介が来ることを知らされていなかった。


「早いな。杏介さん」


「あぁ。早く着きすぎてしまったようだな。……結婚おめでとう。みのりみちる


「どーも」


「……ありがとうございます。兄様」


「顔怖いぞー。ハニー」


「誰がハニーよ。……わたし、兄様が来るなんて聞いてないのだけど」


「私が招待したんだ。駄目だった?」


「……別に、駄目ではないけど……貴女いつの間に兄様と交友関係持ってたのよ……」


「ははは。内緒。ねー。


「……その呼び方やめてくれないか」


「妻の兄なんだから私の義兄あにでもあるだろ?」


「いや、そうなんだが……」


義兄にいさんが良い?」


「今まで通りで頼む」


「へーい」


「ところで、和希はまだ来てないのか?」


 和希は実が所属しているバンド仲間の兄であり、満の幼馴染でもあり、二人とは交流があった。もちろん、招待されていた。


「あんたほんと和希さんのこと好きだな」


だからな。杏介は」


「うるさいな」


 そう話していると、音もなく扉が開いた。


「杏介、久しぶりー」


 後ろから肩を叩かれ、杏介は思わず飛び退く。杏介を驚かせた男性は悪びれる様子もなく悪戯っ子のような笑みを浮かべて手を振った。和希だった。


「お、音もなく気配消して入ってくるな貴様!」


「あははっ。ごめん。杏介の声聞こえたからびっくりさせようと思って」


「また御曹司といちゃついとる。うちというものがありながら」


「ごめんごめん」


 和希に続いて、小さな女の子を連れて入ってきた女性が不機嫌そうに唇を尖らせる。彼女は和希の妻のさくらであり、一緒にいる女の子は和希の娘の小梅こうめだ。


「小梅ちゃん、少し見ないうちにデカくなったな」


「今年で3歳だよ。子供の成長は早いね。小梅こうめ、杏介さんと麗人さんに挨拶は?」


「……にちは」


 桜の後ろに隠れ、恥ずかしそうにぼそっと挨拶をする小梅。そんな可愛らしい姿を見て新婦二人が「貴女にもあんな可愛い時期があったのかしら」「あんたにもあんな可愛い時期があったんすかね」と同時に呟いた。


「あ?私は今も可愛いだろうが」


ね。中身はクソ」


「その言葉そっくりそのままお返ししまーす」


「可愛くなくて悪かったわね。ふんっ」


「まぁでも、私はあんたの素直で可愛くないところがなんだかんだで好きなんですけどねー」


「ひ、人前で好きとか言わないで」


「……好きだよ。実」


「も、もうっ!」


「はははっ。顔真っ赤ー。おもしれー」


「満!」


「はいはい。ごめんごめん」


 幸せそうに戯れ合う二人を見て、杏介は改めて確信した。実が恋人と別れさせられたあの日、彼女の啜り泣く声を聞いて、同性愛は間違いであり正すべきだという両親の考えに違和感を覚えた自分は正しかったのだと。

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カズキコンプレックス 三郎 @sabu_saburou

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