第9話:一人では限界があるから

 二学期の期末。

 98、100、100、99、98、99、98——

 横並びに続く数字の先に、3/350という数字。杏介はそれをみて言葉を失う。それは期末テストにおける杏介の成績が、学年350人のうち3番目であることを表していた。


「和希!!見てくれ!!」


 隣の教室から麗人の声が響いた。そして足音が近づき、教室のドアが勢いよく開く。麗人だ。何をしに来たのかは、期末テストの結果を見れば容易に想像出来た。


「先に言っておくが、君を馬鹿にしに来たわけではないぞ」


「……なら、なにしにきた」


「……私はずっと、君と話がしたかったのだ。だから君を追いかけていた。君は私の存在など、気にも留めていなかったから。追い越さねば、話を聞いてくれないと思ってな」


「……貴様と話すことなど何も無い」


「私はある。……私の知り合いに、城ヶ崎じょうがさき久美くみという女性が居てね。とても優秀な人なんだ」


「なんの話だ?」


「……君の父上の会社の子会社の一社員だよ。優秀な人だったが、上司に意見したことで怒りを買ってしまってね。いわゆるパワハラを受けて……やがて彼女は会社に居られなくなり、会社を去った。そこからしばらく病んでしまい、休養して、今は仕事に復帰している。そして最近になって、会社を設立したそうだ」


「……何が言いたい」


「つまりだね。君には、自分に逆らったという傲慢でくだらないわがままな私情で、彼女のような優秀な人材を潰す権力者にならないでほしいのだよ。君は神じゃない。人間だ。故に、一人で出来ることには限界があるのだ。……私だってそうだ。この結果は和希がいたからだ。一人では君を越えられなかった」


「……」


「……なぁ一条。一人で頑張るのはもうやめないか。さっきも言ったが、君は神じゃないんだ。一人で出来ることには限界がある。しかし……」


 麗人は杏介に手を差し伸べる。


「一人では無理なことも、人の力を借りれば乗り越えられる。私が君を追い越したようにね。……だからどうか、私と友達になってくれないだろうか。そして共に越えよう。安藤和希を」


「……安藤を超える……か……貴様如きが出来るわけないだろう」


「だから君に協力を仰ぎにきたんじゃないか」


「……俺もあいつを超えられない」


「いいや。君は一度彼に勝っているぞ。気付いているだろう?彼も神ではない。故にミスをする。前回、彼が君の元に数学を教わりに来ただろう。忘れたのか?」


 麗人に言われて杏介は思い出す。前回のテストにおいて、総合的は和希と同点だったが、数学Aだけで見れば勝っていた。


「君が彼に勝てないのは人を下に見ているからだ。自分より下の人間から学びたくないという無意味なプライドのせいだよ。彼は知識に貪欲なのだ。自分が知らないことがあれば、年下だろうが関係なく聞きに行く。一人では気づけないことがあることを彼は知っているんだよ。そりゃそうだ。世界は広いからね。一人で全てを見ることなんて出来ない」


「……無駄なプライド」


「うむ。人には向き不向きがある。向いてないことを無理に一人でやる必要はない。君はもっと人を頼るべきだ。……いい加減手を取ってくれないとそろそろ疲れてきたぞ」


 杏介に差し伸べられた麗人の手が震え始めた。杏介はため息を吐き、彼の手を取った。


「じゃ、俺も」


 どこからかやってきた和希が、二人の手にしれっと自分の手を重ねる。杏介は咄嗟に手を振り払った。


「えー。なんでよー」


「貴様と仲良くする気はない!」


「えー!俺だってずっと君と友達になりたかったのに!麗人だけずるい!」


「はぁ!? ずるいって……なんなんだ貴様は……」


「俺は安藤和希。蒼明高校一年一組。出席番号一番。趣味は勉強です。妹二人、弟一人を持つ安藤家の長男です」


「いや、そういうことを聞いているのではなく……」


「あ、ちなみにゲイだとか噂されてるけど、恋愛対象は女性です。といってもあまり恋愛に興味が無いからよくわからないんだけどね」


「……はぁ……貴様と話すと調子が狂う」


「というわけで友達に「ならん」えー!なんで!?仲良くしようよ杏介ー!「下の名前で呼ぶな」俺のことも和希って「呼ばん」意地っ張りめ「うるさい」和希が嫌ならカズくんでも「和希の方がマシだ」じゃあ呼んで「安藤」ねぇぇぇー!「うるさいなぁ!もう!」」


 こうして、杏介は麗人に説得され、一人で頑張ることを諦め、麗人を友として認めることにした。和希のことは相変わらず敵対視していたが、二年になりクラス替えによって同じクラスになったことにより、少しずつ心を開いていった。

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