第7話:罪な人

 中間テストが終わると、文化祭が始まった。しかし、校内が文化祭で盛り上がる中、杏介は学校には行かずに自室の机に向かっていた。


(……安藤和希は今頃、文化祭を楽しんでいるのだろうか)


 そう考えると、悔しくて仕方なかった。何故自分が遊んでいる人間に負けるのか。何故勝てないのか。才能の差は、努力では埋まらないのだろうか。


「余計なことを考えるな」


 何度自分に言い聞かせても、彼のことを考えずにはいられなかった。





 一方その頃。


「……えっ。一条くん、学校行事参加したことないの?」


「あぁ。……小学校は知らんが、中学では一度も来なかった。野外学習も、体育祭も、文化祭も、修学旅行でさえも」


「俺は勉強が苦にならないけど……それでも学校行事に参加せずに勉強してろと言われたら流石に反発するよ。そんなのおかしいよ」


「……うむ。だが……他人の家の問題だからな。私や君が口を出したところで何も変わらない。それに、彼にとってもきっと、お節介でしかない」


「……そうだけどさ……」


「……和希、私が一条杏介に執着するもう一つの理由を、君だけに教えるね」


「もう一つの理由?」


「あぁ。最初に話した理由も嘘ではないのだが、実は、もう一つの理由の方が本命なのだ」


 麗人は淡々と語り始める。


「私の知り合いが、彼の父親が経営する会社の子会社に勤めていたのだが……いわゆるパワハラで病んでしまってね。優秀な女性だったのだが……」


「一条くんのお父さんの会社?」


「うむ。ヴィーナスという化粧品会社だ」


「ヴィーナス……あぁ、一条くんってもしかして……」


「一条ホールディングスの会長の息子だ」


「御曹司なのは知ってたけど、なるほど」


「それでね、彼女は、今でこそ別の会社で元気に仕事をしているが、最近までずっと病んでしまっていてね。彼の父親のやり方は、いわゆるワンマン経営なのだよ。子会社とはいえ、親会社の思想は引き継がれている。私は、そのやり方を彼に引き継いで欲しくないのだ。……彼の代で変えて欲しいのだよ。だから私は、彼を一人にさせたくない。人と関わること、人の意見を取り入れることの大切さを知らしめてやりたいのだよ。故に私は、彼の前に立ちたいのだ。前に立たないことには話を聞こうとしてくれないからね」


「そうだったんだ」


「うむ。私はね、リーダーは人のではなくに立つべきだと思うのだ」


「上じゃなくて前か……なるほど」


「部下達と対等な立場で高みを目指す。それが私の理想的なリーダー像だ。人を使い捨ての駒としか思わない人間が頂点に立ち続ける社会なんて壊してやりたいのだよ。『自分より立場が下なくせに意見したから』などという、権力者の私的な感情で、実力のある人間が潰される世の中でいいはずが無い」


「……そうだね。どれだけ賢い人でもミスや勘違いはある。教師や親、大人だって、子供から学ぶことがある。俺の両親はいつだって俺と対等の立場で居てくれたんだ。お前にはまだ難しいからやめておけなんて、ほとんど言われたことない。興味を示せば、よほど過激なことじゃない限りはなんでも積極的にやらせてくれたし、話をしていて俺が間違いを指摘して、自分が間違ってると気づいたら素直に認めてくれた。子供のくせに大人の間違いを指摘するなんて生意気だなんて一切言わなかった」


「そうか……良いご両親に恵まれたのだな。そりゃ学ぶことも楽しくなるだろうな」


 和希の話を聞いて麗人は納得する。彼の人

柄の良さや賢さは両親の教育の賜物なのだと。


「あと、下に姉弟が三人いるんだ。二つ下の妹と、四つ下に弟と妹が一人ずつ。教えることが好きなのはその影響かも」


「なるほど。通りでしっかりしているわけだ」


「麗人もお兄ちゃんっぽいけど」


「うむ。私も妹が一人いるよ。歳は三つ下だ。ちなみに妹は、一条の妹と同じヴァイオリン教室に通っていて、彼女のことを『お姉様』と呼んで慕っているのだが、彼女からは冷たくあしらわれている」


「あはは……麗人と同じじゃん」


「いや、妹の方はなんだかんだで私の妹を構ってやってくれているのだよ。私は一条から一切相手にされないがね」


 そう言って麗人は拗ねるように唇を尖らせた。


「ちなみに、一条には弟もいて、彼は兄弟とは思えないほど愛想が良いのだが……」


「弟も居たんだ」


「うむ。妹の双子の兄だ。愛想は良いが、女癖が悪くてね。だからなのか、私の妹は彼のことを嫌っているらしい」


「女癖が悪い」


「本人曰く、人の恋心が理解出来ないらしい」


「あー……それは俺もちょっと分かるかも。告白を断って『勿体ない』とか『あり得ない』って言われるのが納得いかないんだよね。中学生の頃に一度だけ押しに負けて付き合ってしまったことがあったんだけど……束縛に耐えられなくて。彼女曰く『耐えられないのは愛がないから』らしいんだけど……女友達と会話するだけで浮気を疑われるんだよ?耐えられる?」


「それは……少々キツイな」


「まぁでも、愛が無かったのは確かなんだろうけど……彼女を傷つけたことは反省してる。だから俺は好きじゃない人と軽い気持ちで付き合えないんだ。付き合ってから始まる恋があるのも確かかもしれないけどね。俺にはそのやり方は合わないって気付いたよ。無理して恋愛したいとも思えないし。女の子からの告白断りまくってるだけでゲイだって決めつけられるのはちょっと納得いかないけどねー」


「私も最近噂されてるよ。君と付き合ってるって」


「知ってる。ちなみに、本命は一条くんだけど俺を代わりにしてるって話もあるよ」


「それは初耳だ。心外だな……」


「麗人は好きな人居るの?恋愛的な意味で」


「……さっき話した女性」


「あ、そうなんだ。へぇ」


「年が7つも離れているから相手にされないがね……」


 と、歩きながら話していたその時だった。一人の少女が和希にぶつかった。


「わっ。大丈夫?」


「……大丈……夫……」


 少女の足元はふらついており、明らかに大丈夫ではない雰囲気だった。和希は慌てて彼女を人混みから連れ出し、日陰で休ませた。


「……おおきに」


「どういたしまして。保健室行きますか?」


「ちょっと人酔いしただけやから……大丈夫です」


「そっか。無理しちゃ駄目ですよ。今日、日差しも強いし、適度に水分取ったり日陰に入るなりして休憩してくださいね。はい、これ。まだ口付けてないので受け取ってください」


 そう言って和希はお茶が入った新品のペットボトルを少女に渡してその場を後にした。




 少女——冬島ふゆしまさくらは、去っていく和希の後ろ姿をボーっと見つめていた。


「あ、居た。もー。なんで電話出てくれんの。心配したがね」


 逸れた友人が桜を見つけて合流し、桜はようやくはっとする。


「す、すまん。ちょっと、逸れたことでパニクって。電話まで頭回らんかった」


「落ち着いた?」


「……うん。堪忍な」


「いいよ。無事で良かった。ところでそのお茶何?」


「……なんか、たまたまぶつかったお兄さんが、人混みから引っ張り出してくれて。で、くれた」


「えっ。なにぃそれ。ちょっと、あんた何私がいない間に少女漫画みたいなイベント起こしとんの!イケメンだった!?」


 ぐいぐい来る友人から顔を逸らし「覚えてない」と答える桜。その横顔はほんのりと赤く染まっていた。指摘されると桜は友人を叩いて自分の顔を隠した。

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