第3話:噂

 それから、杏介は今以上に努力を重ねた。

 そして一学期の中間テスト。結果は学年300人のうち、二位だった。


「学年一位の奴、全教科満点だってよ」


「はぁ!?全教科!?化け物かよ!」


 安藤和希は学校中の有名人となり、名前を聞かない日はないくらいだった。杏介はその名前を聞くたびに苛立ちを募らせながら、気にしている暇があれば勉強をしろと言い聞かせ、一人で必死に努力を重ねた。


 期末テストで、杏介は全教科満点を叩き出した。順位はもちろん一位。しかし、それは同率だった。和希もまた、全教科満点を取っていた。一学期の中間に続いて二回目。カンニングをしているのではないかという噂が生徒達の間で流れ始めた。それを聞いた杏介は居ても立ってもいられなくなり、和希の元へ向かった。


「お。麗人、ここ前回間違えてたところじゃない?」


「うむ。君に教えてもらったおかげで理解出来たよ。ありがとう」


「どういたしまして。麗人は飲み込みが早いねぇ。流石蒼明に合格するだけある」


「なぁ代表、ここわかんねぇんだけど」


「んー……あぁ、ここね。ここがこうなるから……」


「おぉ……なるほど。すげぇ分かりやすい」


「安藤くん見て見て。私も前回間違えてたところ解けるようになった!」


「本当だ。良かったね」


 杏介の目に飛び込んできたのは、同級生に勉強を教える和希の姿だった。とてもカンニングを行うような人間には思えないほど慕われていた。


「おや。一条杏介ではないか」


 麗人が杏介に気づき、やあと手を挙げる。


「……財前。貴様、何をしているんだ」


「何って、勉強だが。君も一緒にやるか?」


「はっ。言っただろう。俺は貴様と馴れ合うつもりはないと」


「はははっ。そう言うだろうと思っていたさ。まぁ、君はせいぜい一人で頑張りたまえ。私はいずれ、君を追い越してみせる。そのために和希に手伝ってもらっているのだ」


「追い越す?貴様如きが?この俺を?笑わせてくれるな」


「うむ。だから君は私に追いつかれないようせいぜい頑張りたまえよ。な」


 嫌味っぽく言うと、麗人は杏介に向けていた顔を問題集の方に戻し、再び問題を解き始めた。和希も自分の勉強をやりつつ、クラスメイトが質問に来ると手を止めて対応をしていた。その余裕そうな様子を見て杏介は悔しさ覚えた。そして和希の元へ行き、机を叩いた。


「貴様、カンニングしているという噂は本当だな」


「ちょっとあんた!いきなり来て何!安藤くんがそんなことするわけないでしょう!?」


「取り巻きは黙っていろ。俺はこいつと話をしている」


 和希は杏介は真っ直ぐに見据え、そして煽るようにふっと笑い、肘をついた。


「証拠は?」


「全教科満点取れる人間が、休み時間に他人と馴れ合っている余裕があるはずがないだろう」


 完全に苦しい言いがかりだった。しかし、杏介はそうであって欲しくてしかたなかった。自分より努力していない人間が自分の上に立っている事実が許せなかった。


「珍しいな。一条杏介が他人に興味を示すなんて」


「興味を示したわけではない。俺はただ、こいつが気に入らないだけだ」


「それを興味と言わず何と言うのだね?」


「カンニングが事実なら見逃すわけにはいかないだろう」


「いいや、あの噂は事実無根だ。和希が君に勝ったのは実力だよ」


「黙れ!一度も俺を超えたことないくせに偉そうに!」


「あぁ。無いよ。無い。な。だが私はいつか必ず、君を超える。そのために和希に協力を仰いだのだ」


「はっ……一人じゃ勝てないのか?情けないな」


「うむ。悔しいがその通りだ。だが、人は一人一人能力に差がある。得意不得意、向き不向きが必ずある。一人では出来ないことも、苦手なことを補い合うことで達成出来るのだよ。私はね、君ともそんな関係になりたいとずっと思っているのだよ」


「……ふん。何度言われようと同じだ。俺は貴様と馴れ合うつもりはない。仲良しごっこがしたいならそいつと勝手にやっていろ」


「……いずれ人の上に立つのなら、もっと他人と関わるべきだと私は思うがね」


 麗人が呟いた言葉に聞こえないフリをして「次は負けない」と和希に宣言してから、杏介は教室を後にした。


「何あれ。嫌な感じ」


「安藤くん、あんなの気にしなくていいからね」


「はは。まぁ、カンニングを疑われるのは慣れてるから。大丈夫だよ。気にしてない。……信じてくれてありがとね。麗人、それからみんなも」


「普段の様子を見ていれば実力で頂点に立っていることくらい分かるさ。君はそんな卑怯な真似をする男ではない」


 和希は元々、いずれカンニングを疑われることは覚悟していた。中学生の頃も同じ噂が流れた。しかし、噂は根拠のない言いがかりの域に過ぎなかった。今回も別に気にするほどのことでもないだろう。そう思っていた。

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