第2話 総務部へ行ってみる

 翌日の昼休み、彰人は修理したノートパソコンを手に総務部のカウンターに立っていた。ご用件はと席を立った女子社員に、朝倉さんをお願いしますと告げる彰人。

 途端に人事課のみならず、総務部全員の視線が彰人に集まった。これもしかして、社内で不倫がバレてる?


「朝倉さんにどんなご用かしら」


 人事課のおつぼね様と評判の主任さんが、私が変わるわと女子社員に目配せしてカウンターに歩み寄った。

 あなたは朝倉さんとどんな関係なのかしらと、噂話し大好きな性格がすっかりきっちり顔に書いてある。


「あの、個人的にパソコンの修理を頼まれてまして、それを渡しに」


 嘘も方便と、彰人は出任せを言う。詮索されて困るようなことは一切ないが、人の噂話を酒の肴にするような人種は大嫌いだった。


「ああ、あなたは確か品質保証部のリペア市場返品修理担当だったわね。残念だけど朝倉さんは、先週末で退職したわよ」


 なんだつまらないと、あからさまな顔をする主任さん。こやつ三角関係のもつれ話しでも期待していたんじゃあるまいなと、彰人は遠い目をする。


 だが退職が不倫の発覚であろうことは容易に想像できた。手にしたノートパソコンに、彰人は重みを感じてしまう。


「会社で渡せると思っていたから、連絡先を聞いてないんです。教えてもらうことは可能でしょうか?」

「ちょっと待ってね」


 主任さんは席に戻り、従業員名簿を広げてメモにペンを走らせた。スマホは通じるかも知れないけど、住所は引っ越してて当てにならないかもよと。そう言いながら、主任さんはメモを彰人に手渡してくれた。


 後で聞いた話だが、朝倉葉月が円満退職できるよう主任さんは色々と骨を折ってくれたらしい。噂話が大好きで人事課に君臨するお局様と揶揄されてはいるが、そう悪い人ではないのかもしれない。


 勤務を終え、彰人は自宅でノートパソコンと向き合っていた。本来ならば駅前の居酒屋で焼き鳥盛り合わせを肴に、生ビールを煽りプファーと言ってるところだが、今日はそんな気分になれなかったのだ。


「とりあえずSMSショートメール送ってみるか」


 彰人はスマホを取り出し、葉月の電話番号当てにSMSを送信する。自分は何をしたいのか、何を求めているのか、それすら分からないまま。


『品質保証部の春日です、いま大丈夫ですか?』


 返信は直ぐに来た。


『春日君? どうしたの急に』

『日曜日の夕方、川にノートパソコン投げ捨てましたよね』

『ちょっと、どうして知ってるの!』

『僕の後頭部を直撃しましたから』


 ショートメールの規定文字数いっぱいに、『ごめんなさい』がズラッと並ぶ。彼女は今どんな顔をしているのだろうと想像しながら、パソコンは修理しましたと返す。返信が来るのに三分ほどかかった。


『中身、見たわよね』

『はい、リペア担当の性として』

『私に対する要求は何?』


 これはしまったと、彰人は頭をかいた。彼女にパソコンを返したいだけで、見返りを求める気など毛頭無かったのだ。このパソコンに保存されているデータは自分の手に余ると。けれど彼女は今、思いっきり警戒しているに違いない。


『他意はありません、このパソコンを葉月さんにお返ししたいだけです。でも缶ビールとおつまみがあると嬉しいですね』


 送ると返信に、また三分ほど時間を要した。


『いいわ、私のアパートに来て』


 返信に記載された場所は、主任さんから教えてもらった住所と同じだった。どうやら引っ越しはしていないらしく、彰人のアパートから歩いて十五分くらいのところ。


『ACアダプターはまだあります?』

『燃えないゴミの日に捨てちゃった』

『なら一緒に持って行きます』

『本当に缶ビールでいいの?』

『葉月さんが手料理を振る舞ってくれるなら大歓迎ですが』

『春日君、私の料理に期待すると後悔するわよ』


 他愛も無いやり取りなのだが、妙に心地よい。


『ならば葉月さんの魔界料理、ごちになりましょう』

『魔界って何よ魔界って!』


 研修で介抱された時のことを彰人は思い出す。何の変哲もない工場の事務職員が身にまとう紺のブレザーにベストとスカート、けれど彼女は輝いていたなと。


 そこへショートメールが三通続けて着信した。途中のスーパーで買ってこいと、葉月から食材調達のあれやこれや。

 彰人の実家は昔ながらの定食屋さん。小学生の時から包丁を握り調理場に立っていたから、お料理に対する造詣は持ち合わせている。

 そんな彰人がリクエストされた食材に目を通し、おいおいとつぶやいた。冗談抜きで魔界料理かと。

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