第37話 回る世界
大型の巨人ゾンビが武井さん達の方に向かっている。俺はその後ろから大型巨人ゾンビの注意を引くために声を上げるものの、奴は前方から感じる大量のエサの気配につられていてこちらを見ようともしない。
そのうえ後ろからは中型の巨人ゾンビが、その不気味で不整な顔を笑ったように歪めながら近づいて来る。
どうにか大型巨人ゾンビを足止めしなければ。それに加えて中型もなんとかしないと武井さん達は門をくぐって避難することが出来ない。
足元を凍らせて滑らせようとしても、ちょっとやそっとの厚さでは圧縮によってすぐに氷が解けてしまって意味が無い。
「後やれる事と言えば、あいつの足元に氷柱を立てて進行を妨害するぐらいか。でも、それじゃあ止められない」
かと言って、さっき中型にやったように城から氷柱を横に向かって生成するのは、昨日からコイツらが城正面の石垣を蹴りって崩れさせていたせいで、万が一城が崩壊してしまう可能性を考えると使えない。
「ちっ、少しでも遅くするために今はなんでもやってみるしかないか」
中型巨人ゾンビが迫って来るのを無視して、大型巨人ゾンビの足元に氷柱を発生させたり地面に細かい刺を生成してみたりするが、やはり痛みも何も感じていないのか、少し動きが遅くなっただけでそれ以上の効果が得られなかった。
「大きいから元々中型よりは動きが遅いけど、もう後5歩も歩けば角を曲がってしまう。それに後ろから迫ってる中型がだんだん大型に近づいて来て、俺も逃げないとこのままじゃ数分後には腹の中だ! どうすりゃいい!」
生物は巨大になればなるほど体重が増え、その分動きを遅くする。これは目の前の巨人ゾンビどもも例外ではなく、むしろ元は別々の個体が寄り集まって出来た肉の集合体のコイツ等は、本来巨大な体を動かすようには出来ていない事もあって中々に動きが遅い。
中型巨人ゾンビは大型とほぼ同じ場所に居て後から動き出したのに、それでももうその巨体一個分ぐらいの距離まで近づいているのは、つまり大型より中型の方が早いという事になる。
(このままじゃ俺は巨人に挟まれて巨人サンドウィッチだな)
「ん? 待てよ、サンドウィッチ……いや、ドミノだ!」
そうだ。自分だけの力で大型巨人ゾンビを足止めできないなら、他のモノに手伝ってもらえばよかったのだ。例えば、すぐ近くに迫りつつある中型巨人ゾンビを後ろから思いっきり押して転ばせ、その弾みで大型巨人ゾンビを巻き込んで倒れさせるとかな。
「いくら早くエサが食いたいからって、そんなにフラフラしながら急いでたんじゃ足を縺れさせてこけてしまうぞ。こんな風にな」
まるでゾンビはこうやって歩くものだと言わんばかりに、両腕をまっすぐ地面と平行にしながら全速力で歩いて来る中型巨人ゾンビ。その後ろの地面から出来る限りの太さの尖っていない氷柱を伸ばし、その大きく膨れた肉の塊のような背中を押してやる。すると、中型巨人ゾンビは呆気なくバランスを崩し、前へと倒れだした。
「しめた! あの腕、いい感じに振り上がって大型巨人の肩を掴みやがったぞ! これで倒せる! っと、俺もここに居たら潰されるな」
スケートのブレードをそのままにしておいて良かった。走って逃げてたんじゃそのままペシャンコだったな。
中型巨人ゾンビが、大型巨人ゾンビを巻き込んで盛大に倒れる。ものすごい音と共に土埃が舞い、地面はまるで地震かのように揺れた。
「よし、今のうちに2体とも地面に釘付けにするぞ!」
暴れる2体の巨人ゾンビ。俺はまず、それぞれの巨人の胸辺りに上空から巨大な氷柱を落として串刺しにした。
ただ、こんな程度では恐らく抜け出されてしまうので、その後は大型の上に重なるようにして倒れている中型の手足と胴の数か所に氷柱を突き刺して固定する。
「ふぅ、ちょっと能力を使い過ぎたな」
見たところ、大型の方は中型に押さえつけられて上手く動けていないが、しばらくして少しでも氷が解けてくればまた動き出してしまうだろう。それは逆に言えば住人たちを逃がせるチャンスは今しかない。
俺は急いで城正面右側の大型巨人が向かっていた方に走ると、角を曲がったところで大声を出して武井さんを呼ぶ。
「武井さん! 今なら避難できます! でも早くしないとまた巨人ゾンビ達が動き出してしまうので、早く非難を開始してください!」
すると、なんと武井さんたちは思ったより近くの場所で待機していた。また裏に戻ったのだと思っていたのだが、そうではなかったらしい。
「金芝さん! 今の話は本当ですか!」
「本当です、俺がここに居るのが証拠ですよ。今巨人たちは俺が張った罠で倒れて動けなくなっています。一応、避難袋の中にあった予備のロープで足を固定しましたが、いつまでもつか分かりません。なので避難するなら早く!」
「なるほど、では金芝さんも一緒に行きましょう」
「俺は最後の人が避難するまで奴らを見張ってから後で追いますので、武井さん達は先に行ってください」
「それなら……いえ、分かりました。見張り、お願いします!」
すぐに武井さんが先頭になっての避難が開始された。住人たちは広場で重なり合って倒れている巨人の方をあまり見ずに、足早に門をくぐっていく。
気持ち悪いものを見たくなかったのか、それとも早くここから離れたかったからか、どちらにしても見ないでくれた方が良かったので助かった。ここからでは見えずらいはずだが、それでも目が良い人には氷柱が見えてしまうかもしれなかったからな。
動きやすいようにと90人が3列で並んで動いていたため、避難は思ったより早い時間で完了した。
最後の一人が門をくぐって行ったのを見届けて、俺はもう一度城を見る。
来た頃には立派にそびえたっていたK城も、巨人ゾンビ達の破壊行為によって今やボロボロだ。
石垣の一部は崩され、壁には何ヶ所か大きな穴が開いている。
「お疲れ様でした」
何だかんだ朝までしっかり俺たちを守ってくれた城に一礼して、感謝を込めて言葉を贈る。これ以降この城が人間に使われることはもうないだろう。だからお疲れ様だ。
「もう動き出すか」
つい今まで地面に釘づけにしていた大型巨人ゾンビがのそりと立ち上がろうとしていた。その手には中型巨人ゾンビの頭が持たれている。どうやら邪魔な中型の首をもいで抜け出したらしい。
「えぐいことするな。そして流石に首をもがれたら動かなくなるのか」
大型は動いているが、中型はピクリとも動かなくなった。脳を破壊しても死なないのに首を取られると死ぬという事は、首から上のどこかに弱点があるのは間違いなさそうだ。
「さて、俺も行くか……ん?」
なんだ? 何か聞こえる。
「おじちゃーん。たすけてー!」
「上か!」
声の出所は城の最上階。天守閣の下向きに開いた窓。
そこに小さな手を振りながら、顔を出している女の子と男の子の姿が。
「なんてことだ! まだ、子供が残っていたのか!」
階段から登るのは無理だ。大穴から見える階段の一部が壊されているし、何より階段で登っている間に大型が立ち上がって邪魔されてしまう。
「仕方がない。能力で一気に上まで行く!」
俺は子供たちが手を振っている窓の下まで行くと、人が二人分ほど乗れそうな氷柱を作り出して上に伸ばしていく。
「お前たち無事か!」
「お、おじちゃん。それ!」
「そんなのは今はいい。それより他に残っている者は居るか?」
「ううん。私たちだけだよ」
「そうか。じゃあ少し窓から離れてろ」
「分かった」
子供たちが素直に従って窓から離れてくれたのを確認して、下向きについていた木の板戸を壊す。これで子供たちをこちらに来させることが出来るだろう。
「よし、じゃあそっちに氷を伸ばすから、慎重に歩いてこっちまで来い」
少しだけ離れた場所にある窓に向かって自分が立っている氷柱から道を伸ばす。滑りやすいので、ちゃんと手摺までつけた物だ。
「こ、怖いよおじちゃん」
「怖くない。手摺もあるんだから落ちたりしないさ。さあ、二人ともあと少しだ」
ほんの1.5メートルほどの氷で作られた道を、慎重に歩いて来る二人。そしてなんとか渡りきった時、下から何かが飛んで来た。
「何だ!?」
飛んで来たものを間一髪で躱して下を見ると、そこには、さっき立ち上がろうとしていた大型の巨人ゾンビが上を見ながら唸り声を上げていた。
その手には中型巨人ゾンビの頭が無い。という事は今飛んで来たのは頭だったのか。
大型巨人ゾンビは、そのまま両手で俺たちが乗っている氷柱の根元を叩き始める。
「きゃあ!」「うわあ!」
城まで架けていた道が崩れ落ちた。マズい、退路が!
このままで居ても氷柱が崩されて終わりだ。こうなったらもう、ここから飛び降りるしかない。
ふと現在の位置と門までの距離を測る。無事に降りれても脱出できなければ意味が無い。これは賭けだが、思いつく方法はこれだけ。奴が思った通りの動きをしてくれれば、上手くすればここから脱出できるはずだ。
「しっかり掴まっていろよ!」
「えっ? きゃあぁぁー!!!」
俺は、子供たちを抱えて今にも崩れそうな氷柱から飛び降りた。
「まずはパウダースノーで衝撃を和らげる。そしてお次は!」
玉だ。俺達3人を包み込める程の大きさの氷の玉を生成する。もちろん俺たちを中に入れた状態でだ。
約20メートルの高さから落下した俺たちは、円錐状に高く配置した大量のパウダースノーのおかげで大した衝撃も無く地面へ着地することが出来た。
「次!」
次は門のある方向のパウダースノーを圧縮して、坂になるように
「よし。お前たちよく聞け、今から俺たちは回る。だから絶対に吐くなよ!」
「ええ!?」
「ど、どうしよう……」
その瞬間。後ろからパウダースノーを蹴散らして現れた大型巨人ゾンビの足が、俺たちの入った氷の玉を蹴り出した。
回る回る、世界が回る。
三半規管が刺激され強烈な吐き気がこみ上げてくる中、俺達が入っている氷の玉は時より壁にぶつかりその表面を削りながらも、下へ下へと
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