第7話 『ギルド加入』
ティリタに連れられて訪れたのは、インスマスの外れにある、何階建てかもわからないくらい大きなビル。
「ここが、《アスタ・ラ・ビスタ》の本部だよ」
ティリタはガラス張りの扉をグッと押して開く。中の空調の効いた空気が押し寄せてきた。
「おじゃましまーす……」
恐る恐る足を踏み入れる俺とゼロ。
中は至って普通の受付。自動販売機なんかも置いてある。
そのカウンターに、1台の読取り機のようなものがポツンと置いてあった。
ティリタがポケットから電子職業手帳を取り出し、それを機械に読み込ませると、
「おかえりなさいませ」
と、音声が流れた。
ティリタは俺達をエレベーターまで連れていき、3階のボタンを押した。
「一度3階まで上がるよ」
エレベーターが開くと、中はオフィスのようになっている。多くのギルドメンバーがパソコンを操作して何かを相談している。
その先にいたのは、眼鏡をかけた紺色の髪の男性。彼はものすごく集中しながらノートに何かを書いている。
「おぉ、ティリタ。何か用か?」
こちらに気づいた男性はティリタにそう問いかけつつ、隣の俺達の顔を吟味する。
「加入希望者を連れてきました。加入手続きをお願いします」
ティリタがそう言ってお辞儀するのに合わせて、俺達もお辞儀をした。
この男性はラピセロさん。
主にギルドメンバーやクエスト報酬の管理・確認をしているらしい。
そして彼は現地人らしい。
俺達はラピセロさんに挨拶をした。
「はじめまして、グレンです」
「ゼロです」
「グレンに、ゼロか…………」
ラピセロさんは目にも止まらぬ速さでノートに何か書いている。
だいたい6ページほど書き終えた頃、ラピセロさんは立ち上がった。
「じゃあ、加入登録をするから電子職業手帳を貸してくれ」
俺達は電子職業手帳を渡す。
ラピセロさんはそれを持って部屋の隅のドアを開け、中に入る。
3分ほどでラピセロさんは戻ってきた。
「まずはこれを返そう」
ラピセロさんは電子職業手帳を俺達に返してくれた。
「君たちの電子職業手帳はギルドに登録した。これで君たちは、正式に《アスタ・ラ・ビスタ》の仲間だ」
ラピセロさんは俺達の手を、1人ずつ強く握った。
「それで、私個人として聞きたいことがある」
ラピセロさんは、ノートを開いて俺に近づいた。
「グレン、君は魔法使いのようだが……Lvが9もあるにも関わらず、POWが3しかない。これは平均値17と比べて遥かに低い数値だ。しかしSTRは平均値を大きく上回る36を叩き出している。このステータスなら物理戦闘系の職に就いたほうがいいと思うのだが、なぜ魔法使いに就職したんだ?」
「あぁ……それなんですが」
俺は閻魔大王からの手紙、厳密に言うとその裏のデメリット効果を見せた。
「なるほど……そういうことなのか」
どうやら転生者のデメリット効果については知っているようだ。
こんな役職についていれば当然か。
「このデータを元に君に最適なクエストを提示しよう…………いや」
ラピセロさんは少し微笑んで、
「《君たち》に、と言おうか」
俺達2人はその意味が半分わかって半分わかっていなかった。
「このギルドにはパーティーシステムがあってな。ティリタはどこのパーティーにも属せずギルドメンバーの支援を行っていたが、今回の戦闘でその限界が来たと私は考えている」
今回の戦闘。
恐らく、ティリタの仲間……つまり、《アスタ・ラ・ビスタ》のメンバーが『転生者狩り』に一網打尽にされた件であろう。
「そこで、私は君たち2人とティリタを足した3人でパーティーを組んでもらおうと思ったのだが…………いいか?」
俺とゼロはお互いに頷き、そしてティリタを見る。彼もまた、楽しそうに頷いてくれた。
「では、あとでパーティー登録もしておこう」
その後ラピセロさんは宿の手配をしてくれた。
本部の近くにある《アスタ・ラ・ビスタ》の寮、ティリタも住んでいるそこの空き部屋を俺達も使っていいとのことだ。
それと、クエストについてだが、
ギルドに入ると維持費として、クエスト報酬の1割を回収されてしまうらしい。
まぁそれ以上の待遇をされているからむしろ1割で済むことがおいしいくらいだ。
また、《アスタ・ラ・ビスタ》はマスターズギルドのものとは別にクエストカウンターを独自で設置している。
クエナビにも対応しているらしい。
マスターズギルドに提出するとなると手数料がかかるため、こちらのクエストカウンターを利用する人は多いらしい。
つまり、これからはクエストの選択肢が増えるというわけだ。
「まぁ今日は先の戦闘もあり疲れただろう。ティリタ、彼らを寮に案内してやってくれ」
ティリタはお辞儀をして「失礼します」と言った後、
「じゃあ行こうか、2人とも」
と、俺達を連れて寮に向かった。
ティリタに案内されてたどり着いた寮は、洋風の木造建築、2階建ての建物だった。
玄関から入ると下駄箱があり、そこに靴を置いて肌色のフローリングを歩いていった。
「まずはこの寮の寮長に挨拶をしよう」
ティリタが焦げ茶色のドアをノックし、ドアノブをひねって開けた。
「失礼します」
その先にいたのは、金髪ポニーテールでつけまつげの先を思い切り丸まらせた、一言で言うならギャル。
「お、ティリタ!……と、そっちの2人は?」
「新しいギルドのメンバーの、グレンとゼロです。今日からこの寮で一緒に暮らすことになりました」
俺とゼロは「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「おー!久しぶりの新メンバーだね!」
女性は立ち上がって、拍手をする。
「アタシはエスクード。この寮の寮長やってまーす!」
エスクードさんはピースする。
「それで、この2人が入れそうな部屋ありますか?」
「もちろん!グレン君は1階の突き当たりの部屋、ゼロちゃんは階段登ってすぐ左の部屋。あ、でももうすぐ夕ごはんだから、ティリタ食堂案内してあげて!」
エスクードさんは大急ぎで部屋を出て、どこかへ向かった。
「エスクードさん、見た目はあんな感じだけどとっても優しい人だから安心してね」
ティリタは俺達を食堂へ連れて行く途中でそう伝えた。
食堂に入ると、先に来ていたギルドメンバーが不思議そうにこっちを見るが、ティリタが説明を入れると気前よく歓迎してくれた。
その後、大きな鍋や鉄板を持ってきたエスクードさんとギルドメンバー達。
鍋の蓋を開けると、スパイスの香ばしい匂いと白い湯気が食堂に広がった。
どうやら今日はカレーの日らしい。
俺達は皿を持って鍋の前に並ぶ。
エスクードさん達が皿に白米とカレーをよそってくれるのだ。
「グレン君にとってはこれが初めてのウチでの夕ごはんだね。しっかり食べなよ!」
エスクードさんは少し多めにカレーをよそってくれた。
その日の夜、俺は自分の部屋にいた。
エスクードさんの作るカレーはものすごく美味しかった。
マジで。
「さすがに食いすぎたな…………」
少し苦しい思いをしながら、俺はベットに横たわった。
ちなみに、部屋もなかなか綺麗だ。隅々まで掃除が行き届いている。ベットもピッシリと整えられ、気温も最適だ。
いつもの宿より断然良い。
ふと窓を開けると、心地よい風が部屋を駆け抜けた。まるで俺の新しい一歩を祝うように。
今日、久しぶりに人の温かさを感じた気がする。
前世では人の黒い部分を見すぎた。
そりゃ俺だって、楽しくて人を殺してたわけじゃない。
悪事を働く人を見て、それによって苦しむ人を見て、それで俺の中の怒りが煮えたぎって……
それを無理やり冷却させて人を殺してたんだ。
前世は本当に、毎日疲れっぱなしだった。
そしてこの世界でも、俺が疲れることに変わりはないのかも知れない。
でも、前世と今とで決定的に違うことがある。
今の俺は、1人じゃないってことだ。
誰かに頼れなかった前世とは違う。
強引に自分の限界を超えなければならなかった前世とは違う。
今の俺は誰かに頼ることができる。
自分の限界を尽くしてもできないことは、仲間が助けてくれる。
そうして疲れていくのなら、それは本望だ。
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