統一解放戦線

 窓から差し込む陽の光はどこか陰鬱で、世界の終わりを告げていた。

 無機質な灰色の街が地平線まで広がる。至る所から大小の煙が上がる。時折、遠くから爆発音が響く。千メートルもあるビルの高層階の一室にはいる。

 どこかの惑星の、大きな国の、首都であった。

 ふいには、長い尾をひく巨大な彗星が、空を覆っていることに気が付いた。昼間にもかかわらず、その姿は禍々しく白く輝いていた。しばらく見つめていても、彗星が動いているようには見えなかった。しかしそれは確実にこの惑星へ近づいてきて、地上の文明を一掃してしまうはずだった。

 の隣には奇妙な生物が立っている。それは七本の触手をもち、そのうち四本で自分の体を支えていて、真ん中にヌメヌメした頭があった。はこれが自分の父親――男と言っていいのかは分からないが、有性生殖を行う種の、一方の性をもつ親――であると直観した。

「じきに奴らがここにやって来る。お前は母さんと姉さんと一緒に逃げるべきだったんだ」

 と、父は言った。はその顔を少し見ると、体を回し、また街と彗星の方を見た。そしてそっけなく答えた。

「意味ないよ。この惑星ほしに逃げ場なんてない」

 父は六つの目で僕をにらんだ。

「ならお前はせめて、あの二人と一緒に最期を迎えるべきだったんだ。いつも言っているだろう。私達の家系は――」

「なんで今さらそんなこと言うんだよ。じゃあ父さんが行けば良かったんだ!」

 僕は声を/その時にはもう、は自分が誰で、ここで何が起きているのかを理解していた。の意識は、この奇妙な生物の/荒げ/記憶と同期したのだ。/て言った。すると父は、その頭部から突き出した立派な六つの目を、困ったようにぐるぐると回した。そして長い舌を伸ばしてそっと僕の頭に触れて、静かに言った。

「すまなかった。でも、お前は分かってくれていると思うがな、私はこの街を離れるわけにはいかなかったんだよ。たとえこの惑星が滅び――」

 そのとき、ドンッ、という音が玄関の方からした。僕らはハッとして振り返った。

 もともと、僕らが住むこの居住区のセキュリティは最高レベルで、あらゆる攻撃や侵入から守られており、首都を丸ごと消し飛ばすほどの爆撃からも生き延びられるはずだった。しかしあの彗星が昼でも見えるようになってからというもの、この惑星に安全な場所なんてなかったんだ。

 ドンッ、ドンッという音は次第に大きくなり、やがて壁が崩れるような音がした。

 僕と父は顔を見合わせた。父はもう何も言わなかった。

 部屋に五体の機械の兵隊たちがなだれ込んできた。そいつらは僕と父を取り囲み、銃口をつきつけた。機械兵も七本の触手を持ち、そのうち三本が銃口に直結していた。

 僕らの持っている小さな銃で勝ち目がないのは明らかだった。父は自分の触手をすべて床に投げ出して、降伏の意を示した。僕もしぶしぶそれに倣った。

 機械兵の一体から音声が流れた。バラヅケィティ・ゴラディマ・カロの声だった。彼はこの機械兵たちに、おそらく軌道上のコロニーから指令を出している。

「ハッ、往生際がいいな、素晴らしい。お前さんたち親子をそこで殺すのはしのびないと思っていたんだ。こっちに来てもらわんとなぁ。そして我が人民の前で裁くんだ。この惑星を滅ぼしたのはお前らだってことを、存分に分からせてやるよ」

 父は何も言わなかった。

 カロの言うことは間違っている。父はこの国のお抱えの科学者だった。僕はまだ学生だったけれど、その助手として働いていた。父はあの彗星の軌道をそらすための技術を開発していた。現実的なプランはいくつかあった。けれども、この惑星で抗争を続ける二つの大国――うち一方はこの国だ――の利害が調整できず、結局どのプランも実現しなかった。その技術は軍事転用できるから、どちらも疑心暗鬼になっていたのだ。そうして手をこまねいているうちに彗星の衝突は不可避になった。世界は混乱し、大小様々な軍事衝突が発生していた。

 カロは統一解放戦線――すなわちあらゆる国の政府に反抗する国際ゲリラ組織――のリーダーだった。統一解放戦線は混乱に乗じて軌道上の七つのコロニーを全て制圧した。そしてそこに彼らの新天地を築くと宣言していた。

 僕は顔を上げ、六つの目で機械兵を睨みつけて言った。

「何言ってるんだ、お前たちのせいじゃないか……!」

 僕は全身に侮蔑を込める。

「お前たちが、この惑星を滅ぼした、父さんの邪魔をして、滅ぼしたんだ!」

 しかし、自分の言ったことも正確ではないことを、僕は分かっていた。父のプランが実現しなかったのは統一解放戦線のせいというわけでもない――彼らは大国間の争いを助長して、問題をより悪くしただけだ。世界の終わりはもっと複雑なものだったのだ。

 でもそんなことは、もうどうでもよかった。

 僕は降伏の姿勢を解いて、三本の触手を目いっぱい頭上に持ち上げて叫んだ。

「お前たちが邪魔したんだ! お前たちが争いを続けるから! それがこの惑星を滅ぼした!」

「やめろ‼」

 父がさえぎった。

 カロは反応しない。機械兵たちは微動だにしなかった。

 窓の外の空には、彗星が悠然と横たわっている。

 衝突まで三日を切っていた。その日が来れば、彗星の衝突によって膨大な粉塵が巻き上がり、それは軌道上のコロニーも直撃するはずだ。つまるところ、統一解放戦線が生き残れる保証だって、どこにもなかったのだ。

 長い沈黙の後、カロの声がぽつりと言った。

「どうでもいいことさ。そういうことを言ってるんじゃないんだ。人民は『責任者』の処刑を求めている。別にそれは、お前らじゃなくてもいいんだよ」

 そして機械兵たちは銃口と僕らの間の距離を詰めた。

「しかしまあ、情けをかけてやろうか。お前らだけに責任を押し付けるのは酷だ。それに処刑すべき者は他にたくさんいるからな」

 僕は父と顔を見合わせた。

 カロはため息をついた。そして穏やかな声で言った。

「だからこの場で死ね」

 目の前で銃口が光る。の記憶はそこで途切れた。

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