K-5:: 話しても分からない奴は殺すしかない
ほどなくして火星に行くことになった。サイジョウに火星で会わないかと誘われたのだ。彼と最後に会ったのはババが消えた日の
今回の用件は事前には教えられないとのことだった。それにしても火星なんて珍しいなと思った。火星は地球に近すぎるので、俺たちのような連中はあまり近づきたがらないのが普通だ。サイジョウは帝国の自由市民権を持っているらしいからまだいいが、俺にあるのはピサロのハーブだけだ。だからますます居心地が悪い。でも、サイジョウは前にいい儲け話を持ってきてくれた実績があるから、今回も一応期待はしている。
彼との会合の場所は、マリネリス峡谷の予定だった。この峡谷は、ガキだった俺が女を殺した場所で、ずっと後になってリリアに出会った場所でもある。とはいっても峡谷はとんでもなく大きいから、それらの場所も、今回の目的地も、互いに遠く離れている。
ピサロの組織が完全に支配下に置いている領域は、火星と木星の間、すなわち小惑星帯を中心とした帯状の領域だけだ。その領域の端に行くと、つまり火星や木星に行くと、ピサロの影響力は弱くなる。地球を中心に居座っている帝国の支配は、火星にはかなり及んでいて、ピサロの組織の利権はせいぜいそこに割り込む程度だ。一方の木星にはヘリウム3の採掘企業が複数あり、軌道上に浮かぶ大小の〈
結局のところ、ピサロの組織がこれほど大きくなったのは、ヘリウム3の中継貿易の利権を独占したことが大きかったらしい。
リリアの話だと――彼女は何でも知っている――かつて太陽系には、海王星軌道まで及ぶ大きな文明圏があり、人類は栄華をきわめていたのだという。
〈
〈
要するに、この世界は何百年も前に一回滅びていて、俺たちは黄昏の時代を生きている。現在の太陽系にあるのは、地球を拠点にした重苦しい帝国と(その支配領域は形式的には太陽系全体なんだそうだ)、そこから実質的に独立したマフィア。〈
――まあ、そんなことは、どうでもいい。
俺は火星では数少ないピサロの縄張りにある港に
火星は〈
俺は峡谷の一角にあるホテルに滞在した。小さな部屋だが、窓から見える景色はいい。シャワーからも熱い湯がたっぷり出る。
火星では濃い〈ウェブ〉にいくらでもアクセスできる。タイムラグなく、情報の洪水に飛び込むことができる。しかし俺は相変わらず、〈ウェブ〉を使わず、古い知人のツテを頼って情報を集めるというやり方をしている。このあたりは火星では貴重なピサロの縄張りだから、俺みたいに自由市民権を持たない人間でも歩き回ることができるんだ。ホテルの部屋はちょっとした情報収集基地になった。
そしてまた、あのくだらない話を聞くハメになった。皇帝の寝室にサファイアのような色で輝く球体が現れたという話だ。それは、俺たちの文明の終わりが近いことを告げる凶兆だ。
その話にはババこそ登場しないものの、それ以外の部分はあの情報屋の話にそっくりだった。
しかし、誰もその話の出所を知らなかった。地球の友人に聞いたとか、宮廷の給仕から直接聞いたから確かな情報だとか(そんなものは嘘に決まっている)、とにかく怪しげな話しかなかった。
一方で、今回火星に来て初めて知ったこともある。それは、球体の話に似た話は昔からあって、地球では都市伝説として知られているということだった。つまり、この話は、ありふれた、定期的に流行する陳腐な噂話の類に過ぎないようなのだ。
ひょっとしたら、あの情報屋は、その都市伝説が最近また流行しているのを聞きつけて、それとババの失踪を結びつける話を適当にでっちあげたのかもしれない。ありそうなことだ。
もしかしたら、俺も昔どこかで、その都市伝説を聞いたことがあったのかもしれない。そうだとしたら、興味がなくて忘れていたのだろう。しかし記憶のどこか深いところに眠っていた可能性はある。
そして、それが原因で、港のドックであんな夢を見たのだとしたら。
まるで俺はただの馬鹿みたいじゃないか。あるいは、正気を失いつつあるのか。
何にせよ、もう勘弁してくれ。
そうして何日か過ごしているうちに、火星でならババのことが何か分かるかもしれないという期待は、すっかり失われてしまった。
火星での最大の目的はサイジョウとの会合だ。その場所はサイジョウが指定したレストランで、俺のいるホテルから峡谷に沿って小型機でしばらく飛んだところにある。そこもピサロの縄張りだから、危険はないはずだ。しかし一応、自分やドロイドや小型機の
時間より少し早くレストランに着くと、洗練された物腰の若いスタッフが俺を個室へと案内してくれた。戦闘用ドロイドを連れて入るのも許可してくれた。見た目はそれなりに豪奢なレストランだが、実際はそういう客が多くて慣れているのだろう。
大きな個室だった。正方形の部屋の真ん中に、これまた正方形のテーブルがぽつんと置かれていた。窓はなく、扉が一つだけあり、その反対側の壁は一面モニターになっていて、地球の森林のような風景を映し出している。二人だけで陣取るには大きすぎる部屋だ。
俺が入ると、サイジョウは既に着席していた。いつもの派手でカジュアルな服装とは違い、高そうなスーツに身を包んでいた。たぶん、帝国の流行の最先端だ。そして、そこにいたのは彼だけではなかった。黒服に身を包んだ男女が七人、サイジョウの後ろに並んで立っていた。そしてその姿は、少し異様だった。全員が揃って、口と鼻をすっぽりと覆う黒いマスクをつけていたからだ。
俺は驚いて、席に着くのも忘れて言った。
「おい、なんだこれ。お前らしくないな? なんだ、その後ろに並んでいる黒服どもは?」
しかし口を開いたサイジョウはいつも通りの口ぶりで、
「ははは、ごめん。気にしないで」
と言って笑った。俺は少し訝しげな表情を作ったあと、平静を装って着席した。何なんだ、一体。こんな会合だなんて、予想もしていなかった。
しかし酒と料理を注文したあたりで、少し気が緩んできて、いつも通りのとりとめのない話が始まった。サイジョウの後ろに並んでいる黒服の七人は一言も口を開かず、微動だにしないが、気にしなければ置物と変わらない。一風変わったボディガードでも雇ったのだろうか? そういえば、彼は警備用のドロイドの類は連れてきていない。
料理は思いのほか旨かった。メニューはほとんどが
「で、サイジョウ。わざわざ火星まで呼び出したのは、理由があるんだろう? すげぇ儲け話だって、信じてるぜ」
サイジョウは少し微笑んで、俺をじっと見つめた。壁面のモニターに映し出された木々が風にそよいでいる。
「覚えてる? ババさんが消えた日に、食堂で話したこと」
そう言った彼の口調はどこか気味が悪かった。そうだ、嫌な予感だ。さっき、こいつの顔を見たときから、嫌な予感がしていたんだ。
「なんだっけ」
俺はわざとシラを切った。
「バベル病だよ。あのときは知らなかったみたいだけど、もう知ってるんでしょ?」
「それがどうした?」
俺はドロイドにアクセスし、後ろの七人をロックオンした。サイジョウは気が付いたかもしれない――もちろんそんな素振りは見せないが。だが、それでいい。これは牽制だからだ。
「俺たち、バベル狩りをやってるんだ。俺たちってのは、俺と、この後ろの七人の同志たちのこと。黒いマスクの内側は猿ぐつわみたいになっててね、会話防止、つまり感染防止。で、バベル病患者を探し出して、殺してる。駆除してるんだ」
「そうか。で、それが俺に何の関係があるんだ?」
俺はそっけなく答えた。実際、俺は別に、バベル病とやらに興味がある訳じゃない。
「冷たいなぁ。まあ聞いてよ。俺たちみたいなチームはいくつもあって、競い合ってバベル病患者を殺してる。競争だから、たくさん殺せばたくさん儲かる」
「報酬は誰が? エウロパのハイヴの連中か?」
「違うよ、帝国だ。帝国の情報部が俺たちに金を払ってくれてる。火星で会うことにしたのは、帝国の担当者にコンタクトを取りやすいから。まあ、もともと大っぴらな活動じゃないから、自由市民権を持ってなくても大丈夫。その点は心配しなくていい」
なんだと?
「なるほど、帝国は表向きバベル病の存在を否定しているが、裏では認めてたってことか?」
バベル病は実在しているってことか? あのオーナーが正しかったのか? まあ、リリアが間違うこともあるだろう。しかし、何かが引っかかる。
サイジョウは俺の質問には答えず、
「俺の話は単純さ。ぜひ、俺たちのチームに入ってほしい。聞いたよ。ハイヴで患者を一人、殺したんだろう? ちゃんと会話もしなかったと聞いてる。見込みがあるよ」
俺は少しカチンときた。
「なんだ、それは。上から目線か? 俺に見込みがあるかどうかは、俺が決める」
「ははは、ごめん。そんなつもりじゃなかった。忘れてくれ。とにかく俺は、一緒にバベル病患者狩りをしてくれる仲間を求めてるんだ」
「断る」
俺は即答した。
「待ってよ、さっきのことは謝るから、もう少し考えて。何も密輸商人をやめろと言ってるわけじゃない。宇宙を旅しながらできる、ちょっとした副業さ」
「一つ聞いていいか?」
「何でも」
「俺の記憶が正しければ、お前の兄貴は
サイジョウの顔が曇った。
「そんなこと、関係ないだろう。意味が分からない。なんで急に兄貴の話なんてするんだ」
「お前は本当に、バベル病の存在を信じているのか?」
サイジョウが目に見えて感情的になる。
「当たり前だ! 何なんだよ! 俺たちは世界を救う仕事をしている。分かるだろ? これは大変な病気なんだ。皇帝がバベル病になったって噂だってある――まあこれは、さすがに俺も信じてないけど。とにかく放っておくとどんどん感染が広がっていく。〈翻訳機構〉が狂っちゃった〈
まただ、また、世界の終わり。でも俺はもう動じなかった。その手の話は、聞き飽きた。
「サイジョウお前、本当は分かってるんだろう? バベル病なんて存在しない。患者とされている連中は、実際はどこにでもいるただの
「推測でものを言うな!」
「お前の方がよく知ってるはずだぜ。お前は分かってやってるんだ。兄貴と同じ、ただの気の毒な
「黙れ!!!」
後ろに控えてさっきまで身動きしなかった黒服の七人が、にわかに俊敏な動作を見せ、一斉に俺に銃口を向けた。たぶん
「随分と統制が取れているな。俺に八人目になって欲しかったってことか? お前の兵隊になれと?」
「自分の状況、分かってる?」
「死んでも嫌だね、クソ野郎」
「本当に殺すよ?」
「帝国がなぜお前たちの狩りに金を払ってるか、教えてやろうか」
「黙れ」
「不安にさせて、殺し合いをさせるためさ。
俺は目の前のサイジョウなんか気にせずに、さえない頭を必死で回しながら、リリアならきっとこう言うだろう、そういう言葉を発していた。
「公衆衛生部ではなく情報部が報酬を払ってること、おかしいと思わなかったのか? たぶんこれは、帝国にとっては些細な事業に過ぎない。情報部の片手間さ。ありもしない病気の噂を流して、ピサロの領域の下層民同士で殺し合いをさせてるんだ。ついでに
「ははは、ぜんぶ、推測、お前の妄想じゃないか」
「そうだな。で、反論は?」
「もういい、死ね」
後ろの七人が同時に引き金に手をかけた。
俺は何も言わずに、ドロイドに指示を出す。
コンマ数秒、ドロイドは黒服全員の頭を撃ちぬく。
奴らに一切の反撃の余地はなかった。部屋は一面、血の海になる。その臭いに、俺は思わずむせ返りそうになる。
リリアが見ていたら今度こそ絶縁されるような気がする。
サイジョウのことは撃たなかった。だがその顔面は、明らかに蒼白になっていた。こいつ、俺のドロイドの性能も知らなかったのか。
俺は銃を取り出し、今度は自分の手で、サイジョウに銃口を向けた。
「お前ひとりになったぜ。さて、どうする?」
サイジョウはこわばった表情のまま口を開いた。
「はは、あれだけお説教しといて、これか。即、皆殺しか。話し合いは、無しか? 殺し合いに明け暮れる下層民とやらは、お前じゃないか」
何言ってるんだ。お前たちが先に撃とうとしたんだろう。
俺は銃の引き金に手をかける。サイジョウは錯乱したみたいになって、まくしたて始めた。
「俺だって覚えてるさ、昔のお前の口癖。あの猫みたいな女と付き合う前だ。ことあるごとに、言ってたじゃないか。話しても分からない奴は、殺すしかないって。そうやって殺しを正当化してたんだろう。自分に言い聞かせてたんだろう。え? 何が違うんだ、俺と? 言葉の通じない人間が怖いのは、お前だろう? ずっと怖がってたんだろう? バベル病の存在だって、怖いから認めたくないんだろう? 怖いから適当に思いついた仮説が本当だって思いこむんだろう?」
人が変わったみたいになったサイジョウの顔を、俺はじっと見る。
「怖いからすぐ殺すんだろう? 暗い宇宙が怖いんだろう? 広すぎる宇宙が怖いんだろう? はは、は、そうさ、おにぎりだってそうさ、あんな不味い白い塊、あんなものを有難がるのは、いつも何かを怖がってるからじゃないか」
「言いたいことはそれだけか? バベル狩り野郎」
「ああ、そうさ、殺せばいいさ、何年も前から知った仲の俺を自分の手で殺して、お前の不安を取り除けばいい。気づけよ。いや、違うな。お前はとっくに気づいてるんだろ? どうせあの猫女にでも言われたんじゃないか? そうだ、お前の言い方をそっくりそのまま返してやるよ――お前の方がよく知ってるだろう。お前は分かってる。お前なんだよ。お前自身なんだ」
そしてサイジョウは異様なまでにギラギラした目を見開いて俺を睨みつけ、気味の悪い笑みを湛えて言った。
「お前こそがバベル狩り野郎なんだよ」
その瞬間、ドロイドが大きな警報音を発した。
俺たち二人が何者かにロックオンされたようだ。
見ると、いつの間にか個室のドアが少し開いており、そこから
やばい。
俺が黒服どもを殺して騒ぎを起こしたから、
俺はドロイドの磁気光学シールドを展開する。同時に自分の横にあるモニターへ向けてバズーカを撃つ。サイジョウのことは構っていられない。粉塵が立ち上り、モニターは壁ごと崩壊した。向こう側は廊下になっている。ここから脱出する。
それと同時に、集中砲火が俺たちを襲った。
直後、サイジョウの顔面に
おにぎりの
それにしても、ピサロの関係者とみるや容赦なく全員射殺とは狂ってやがる。もはや縄張りなんて何の意味もないじゃないか。だから火星は嫌なんだ。
俺はドロイドの磁気光学シールドを盾にしながら、崩壊した壁を抜けて部屋の外へ出た。普段は使われていない長い廊下で、幸いにも誰もいない。
ドロイドを後ろにして、シールドから体がはみ出ないように注意しながら、廊下を一直線に駆け抜ける。
前方には小さな窓がある。俺の体が通るくらいの大きさだ。よし、事前調査通りだ。まさか役に立つとは思わなかった。
少し離れた駐機場にある自分の小型機にアクセスし、窓の外に呼び寄せる。同時に自分の銃を数発ぶちかまし、透明な窓を破壊する。外の峡谷の風が廊下に一気に吹き込んでくる。
そのとき、シールドの端を通り抜けた一閃が、俺の左耳をかすめていった。耳たぶが吹き飛んだような感触がして、俺はうっと声をあげる。すごい血が出ているようだ。しかし今は、それどころではない。
ドロイドから備え付けの小型パラシュートを受け取る。廊下の端でドロイドを固定し、防衛に徹してもらう。
走りながらそのまま、全身をバネにして窓に飛び込む。たぶん普通の人間にはできないだろう。俺の遺伝子を操作して肉体を強化してくれた親だか人買いだかに感謝すべきなのか。
身体が峡谷の空に躍り出て、風に流される。思ったよりキツい、息ができない――視界の片隅にかろうじて自分の小型機を捉える。すぐにパラシュートを展開する。
一息ついて身体をひねり、レストランの方を見た。上下左右に見渡す限り果てしなく、雑多な窓やパネルや突起物が並んでいる。その中のひとつの小さな窓から飛び出してきたんだ。俺は峡谷の岸壁の中ほどに浮かんでいる。地面はたぶん何千メートルも下で、岸壁の頂上は見えない。このあたりでは岩壁がほぼ平面状に広がっていて、ひたすらに人工物で埋め尽くされている。後ろには、少し距離を置いたところに交通量の多い空中道路があり、たくさんの小型機が行き交っている。
パラシュートを巻き込まないように、慎重に自分の小型機を接近させる。これに乗れば大丈夫だ。逃げられる――
その瞬間、閃光が走り、パラシュートが蒸発した。ヒュンと重力がなくなり、眼前の窓やらパネルやらがすさまじい勢いで上方へと過ぎ去っていく。つまり、俺は果てしなく続く峡谷の岩壁に沿って落下している。
やられた。ドロイドがやられて、
小型機がもうはるか上空に小さく見える。
死ぬ。
こんな目にあうのも、ババのおにぎりの
いや、まだだ。小型機は無事だ。
急旋回させ、地面に向かって垂直に発進させる。またたく間に自由落下する俺に追いつく。地上まで、おそらくあと数百メートル。小型機が俺と横並びになった瞬間に自由落下に切り替えて同時に水平にブーストさせ、俺に体当たりさせる。
全身の骨がきしみ、意識が飛びそうになる。
両手両足で必死に小型機につかまり、そのまま急ブレーキをかける。
――止まった。
生きてる。
機体を垂直にさせたまま逆噴射で空中に静止する小型機と、それにしがみつく人間。滑稽だが、生きている。
地上まではあと数十メートルだった。
そのままゆっくりと機体を旋回させ、近くの広場みたいなところに停める。俺はゆっくりとしがみつきの体勢をほどき、地面に降り立つ。よかった。地面がある。
全身が本当に痛い。骨が折れていなければいいのだが。それから、左耳も痛い。
気が付くと、ボロをまとった連中が何人か、遠巻きに俺を見ていた。なんだよ、見世物じゃねぇぞ。ここは峡谷の低層も低層だから、たぶん地区全体が貧しすぎて、俺を襲えるだけの武装をした連中はいない気がする。ただ、それでも油断しない方がいいだろう。
身体に絡みついたパラシュートの残骸をその場に投げ捨てて小型機に乗り込み、発進させた。レストランのあった階層までは上昇せず、できるだけ低層を飛ぶことにする。
幸いにも、
目立たないように空中道路の車列に紛れて小型機を進める。飛びながら一息ついて確認すると、左の耳たぶはやはり吹き飛ばされていて、左耳が聞こえないようだった。出血もひどく、左肩はベタベタだ。スプレーを取り出して、白い泡を左耳に噴射した。これでさしあたっての止血と消毒になるだろう。
しばらく漫然と飛んでいると、交通量が少なくなってきた。人のあまり来ない方向に進んでいるようだ。そのうち、峡谷の幅が特別に狭くなっているところに出た。そして前方に、両側の壁面から無数の高層ビルが水平方向に林立している場所が見える。左右の壁から谷の中央に向かって、何百メートルもあるビルがニョキニョキと水平に生えている。その多くは既に使われていないビルのようだった。
この奇観は写真か何かで見覚えがある。俺の記憶が正しければ、ここはピサロの縄張りとまでは言わなくても、影響下にある場所だ。何より、ここには
小型機の速度を落とし、密集したビルの狭間に飛び込んだ。そして、廃棄されたビルのひとつの目立たない場所に着陸させた。
さて、これからどうするべきか。
左耳はやはり聞こえないままだった。医者のところに行って新しい鼓膜と耳たぶを作ってもらう必要があるだろう。その費用は馬鹿にならない。
最悪の一日だ。
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