L-3:: 花火

ご主人様マム、やめてください。あまり趣味のいい冗談ではありませんよ」

 わたしたちに銃口を向けたドロイドたちを見て赤眼レッドが言う。

「は? わたしがやってるんじゃない、見れば分かるでしょ! 何者かが侵入ハックして、わたしのドロイドを乗っ取ってるの!」

 思わず叫ぶ。全身に浴びたスキンヘッドの血が、ひどく臭う。

 こんなことはこの港のシステムを使わないと出来ないはず。港のシステム全体がわたしに敵対しているように見える。――マーカス、あなたがやっているの? ピサロの指示で?

 ふざけやがって、あの慇懃丁寧野郎が。

 どっちにしろ、これで辻褄が合う。わたしたちを監禁しようとしながら、わたしのドロイドに警備を任せたことは、わたしのドロイドをハックする気でいたのなら説明がつく。

 最初に気づくべきだった。

 しかし、まだ腑に落ちない点がある。単にわたしたちを殺すなら、こんな回りくどいことをする必要はないはずだ。それに、さっきのスキンヘッド、あいつはいったい何の話を――いや、それ以前に、あいつはなぜ生きていたんだ? それに〈コンパニオン〉たちに何かを――

 見ると、彼女たちはただお互いに顔を見合わせるばかりだ。

 思考を巡らす。ここから脱出しないといけない。しかしどうやって?

 ドロイドたちはじりじりと、わたしたちとの距離を詰めてくる。何をやってるんだ。これは脅迫なのか? 要求はあるのか? 何か言えよ。ただ殺すのなら、さっさと殺せよ。

 いや、待って。ドロイドをハックしてわたしたちを殺したり脅したりするなら、わたしの宇宙船パレスの中の方が、人目にもつかず簡単だったはずだ。なのに、ピサロはこの部屋にこだわった。

 そうか、当たり前だ。この港のシステムでは、宇宙船パレスの中央制御機構に侵入することはできないんだ。だから、わたしのドロイドをあえてここに連れてこさせた。

 奴らは、宇宙船パレスにアクセスできない、でも、わたしには、出来る。

 わたしは宇宙船パレスの脱出ポッドにアクセスする。一人乗りの球体みたいなやつ。大気圏突入もできる頑丈なやつだ。ぜんぶで三十機あったはず。そのうち十機を起動し、目標座標を今いる部屋にセットする。

 それを数秒のうちに終えると、声を出さず、〈コンパニオン〉たちに暗号化された通信を送る。

「ポッドが来る。簡易宇宙服スーツを展開。突入したらサルベージモードに切り替え、各自で自分の簡易宇宙服スーツ固有識別番号I Dと同期。あとは運。三日後に宇宙船パレスで」

 突然のことに、三人は目を丸くしている。しかしわたしは、本気だ。

 射出。

 簡易宇宙服スーツ展開。

 全身が銀色の膜に包まれる。

 直後、衝撃。

 数機のポッドが一斉に衝突し、部屋の壁面が大破する。向こう側は宇宙空間だ。わたしも、〈コンパニオン〉も、ドロイドも、みな真空へと投げ出される。飛び散った港の破片がビシビシとわたしを襲う。簡易宇宙服スーツがあっても、かなり痛い。

 サルベージモード。管理者権限優先。固有識別番号I D同期。

 すると宇宙空間を漂うわたしにポッドの一つが近づいてきて、球体が真ん中で割れてぱっくりと口を開き、呑み込むみたいにしてわたしをスポンと回収する。

 気圧が回復する。簡易宇宙服スーツ解除。ポッド内部のグニョグニョした物体に包まれ、姿勢を立て直す。

 成功した!

 周囲には無数の破片が散乱し、宇宙空間に投げ出されたドロイドたちが浮かんでもがいている。〈コンパニオン〉たちの姿は見えない。まあ、彼女たちは自力で何とかするだろう。

 見ると、七機のポッドがさっきの部屋に到達したようだ。この至近距離では汎用のシールドなんて出せないし、パナマの迎撃システムで破壊できたのは三機だけってこと。思ったより上手くいった。さすがのマーカスも、こんな方法のテロなんて想定していなかったはずだ。

 ポッドの目標座標を再設定。とりあえず、遠くに行く。出力最大!

 全身に加速度を感じて、わたしを乗せたポッドはパナマを後にする。ロックオンはされていないようだ。しかしまだ、終わっていない。

 宇宙船パレスにアクセスする。磁気光学シールド展開、最大強度。パナマとのドッキングを切断。――失敗。港の側から許可が下りない。まあ、当然だ。

 仕方ない。連結部分を爆破して放棄――強制切断。

 船が自由になる。

 気が付くと、マーカスから宇宙船パレスに何度も通信が入っていた。わたしはそれに応答せず、ブロックする。マーカスはもう、味方ではない。そして今はわたしが優位だ。対話など、必要ない。

 間髪入れず、宇宙船パレスが港の迎撃システムから砲撃を受けた。どうやら、マーカスも対話する気をなくしたようだ。それでいい。

 度重なる砲撃を受けても、こちらのシールドはびくともしない。当たり前だ。わたしの宇宙船パレスをナメるなよ――いち宇宙港ごときに破壊できると思うな。

 港から距離を取らずに、核融合エンジンON。

――また、できない。しまった、そりゃそうだ。

 管理者権限、安全装置セーフティ強制解除。もういちど、核融合エンジンON。

 船尾から強烈な光が放たれ、巻き添えでパナマの一部が盛大に吹き飛ぶ。

 壮観!

 パナマの側でも磁気光学シールドを展開したようだが、最初に破壊した部屋の付近で上手く作動しなかったようだ。そこから爆発が始まり、連鎖的に崩壊が始まっているみたいだった。ポッドによる突撃アタックが効いたんだ。磁気光学シールドなんて高級な技術があっても、最後に勝つのは至近距離の力学攻撃だ。

 マーカスのが壊れていく。バーテンダーの格好をしたドロイドのことがふとよぎったけれど、すぐに頭から追い出した。どうでもいいことだ。事情はどうあれ、マーカスはわたしに敵対したのだから。

 ぶち壊してやる。

 わたしのポッドはすでにパナマからかなり遠くまで来ていたが、急発進した宇宙船パレスが背後からすぐに追いついてきて、ぐんぐんと抜き去っていく。

 振り返ると、パナマのあちこちが爆発炎上しているようだった。歴史ある港が、崩れ散っていく。港の中に閉じ込められていた空気が、無数の破片とともに炎をまとって暗い真空へと飛散していく。花火みたいで、美しい。

 パーティの本当の締めくくりに、ふさわしい。


 さようなら、マーカス。


 ほのかな赤い光となって遠ざかっていくパナマを眺めながら、〈コンパニオン〉たちのことを思い出す。彼女たちを一緒に吹き飛ばしていなければいいのだが。普段なら助けに行ったかもしれない。でも今はそれをしない方がいいと、わたしの直感が告げている。

 そんなことより、一番重要なことが残っている。わたし自身の逃げ場。

 宇宙船パレスに戻れば安全かもしれない。奴らはそのセキュリティを突破できなかったのだから。しかし、不安もある。ピサロが本当にわたしを狙っていたのなら、すぐに特殊部隊か何かを宇宙船パレスに派遣してくるだろう。わたしのドロイドの半分近くがパナマで吹き飛んでしまったから、こちらは分が悪い。それにもし、ピサロお抱えの艦隊――帝国の外衛げえ艦隊ともやりあえるという――に包囲されでもしたら、ひとたまりもない。ピサロがわたしのためにそこまでするかは、わからないけれど。

 まずは、宇宙船パレスを隠さないとダメだ。

 宇宙船パレスはだいぶ遠くに行ってしまったが、まだギリギリここからアクセスできる位置にある。ちょうど、小さな小惑星が密集している宙域だ。〈コンパニオン〉が戻った痕跡はない。

 ついてる。わたしは宇宙船パレスの核融合エンジンを切る。次に、船全体を包むように、光学迷彩を展開する。直ちに、ポッドに搭載されているレーダーから宇宙船パレスが消える。よし、うまくいっている。この巨大で最高級の光学迷彩のために、宇宙船パレスの総建造費の一割もかけたんだぞ。

 あとは、必要な時だけわずかに核融合エンジンを点火して――そのくらいなら、たとえ探知されても野良の宇宙船と見分けがつかないだろう――小惑星たちの重力でランダムにスイングバイを繰り返せばいい。軌道は初期値鋭敏カオスになるので、宇宙船パレスの位置は誰にも把握できなくなるだろう。

 仕上げに、乗組員たちから、宇宙船パレスの中央制御機構への一切のアクセス権限を取り消した。これで彼らから外に連絡することも出来ない。事情は船のAIが適当に伝えてくれるだろう。三人の〈コンパニオン〉からも、付与していた権限を取り消す。宇宙船パレスにいる他の女たちには、最初からそんな権限はない。

 これで、わたしの宇宙船パレスは文字通り、宇宙から姿を消すはずだ。二日もすれば、完全に誰にもその位置は分からなくなるだろう。〈コンパニオン〉にも、それにもちろん、ピサロにも。船の固有識別番号I Dを知っているわたし以外の、誰にもだ。

 わたしは、どこかに身を隠して、二、三日してから宇宙船パレスに戻る。それから〈コンパニオン〉たちを探して、拘束する――彼女たちがちゃんと生きていれば、がある。

 完璧な計画だ。

 さて、わたしはどこへ行こうか。このポッドはいま、宇宙空間を当てもなく進んでいる。たいした信号は発していないとはいえ、ポッドには光学迷彩機能はないから、このままだと危険だ。

 ピサロはもちろん、帝国も信用できない。もしも本当にあのスキンヘッドが関係していたのだとしたら、尚更だ。

 ピサロの縄張りでも、帝国の支配が及ぶ範囲でもない、孤立した場所。そんな理想の場所は、この宇宙にはほとんどない。

 ひとつだけ、可能性がある。のところだ。無知な少女ガキだったわたしを最初に助けてくれたのも、だった。


 彼らの拠点は、と呼ばれている。太陽系には、大小合わせて十二匹のくじらが漂っている。それらを渡り歩きながら、彼らは暮らしている。

 宇宙を泳ぐ、巨大なくじら。わたしもこれまで、その中に入ったことはない。

 でも、そのうちいくつかは座標が公開されている。人間に座標を公開したところで、彼らに大した影響はないということなのだろう。

ここから一番近いのは――#12。うん、すごく、近い。この距離なら、このポッドでも数時間で着く。わたしは、ついてる。

 目標座標をくじら#12に再設定する。

 でも、彼らが本当にわたしを匿ってくれるかどうかは、実際はよく分からない。こちらから事前に連絡を取ることも出来ないだろうから、とにかく行ってみるしかない。運が悪ければ、中に入れてもらえず、追い返されて終わりだろう。下手すればポッドごと撃墜される可能性もないわけじゃない。わたしのことを覚えていてくれる誰かが#12にいなければ、それで終わりだ。そもそも、わたしは以前にも、決して彼らに受け入れられていたわけではなかったのだと思う。

 あとは、祈るしかない。それに、くじらに着くまでにピサロに見つからない保証だって、ないんだから。


 単調な宇宙の旅は続く。わたしは、全身が血まみれのままであることに気が付いた。スキンヘッドのクソ野郎が。自分の身体が、血と汗の混じった異様な匂いを発していた。これまでは必死で集中していたので忘れていたのだが、いったん気になり出すと、耐えられないくらいだ。しかも、匂いはどんどん濃くなりながら、ポッド内部に淀んでいく。貧弱な空調機能では、どうにもならない。こんなのであと数時間も飛ぶのか。


 おぇ。


 眠ることも出来ず、ただ単調な時間と激烈な異臭、そして全身を覆う不快感に耐えること数時間。幸運にも、ピサロには見つからずにすんでいる。

 やがて前方に、おぼろげな褐色の物体が見えてきた。

 ずんぐりした胴体に、少しかわいらしい尻尾のような形の突起。その形状が昔の地球の生物に似ているから、という愛称で呼ばれているらしい。

 果たして、わたしは本当に入れてもらえるだろうか。ここに昔の知り合いがいれば、いいんだけど。

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