L-2:: 監禁

 マーカスはわたしと〈コンパニオン〉たちを舞踏場から丁重に、いつものように柔らかな物腰で、しかし同時に断固とした調子で連れ出した。しばらく歩いて飾り気のない小さな部屋に通される。ソファーが一個、小さなテーブルが一個、壁に一台のモニターがあるだけだった。来た道から推測するに、港のいちばん隅っこのようなところだ。窓はないが、壁のすぐ外側は宇宙空間だろう。

《この部屋でお待ちください。ピサロ様のご指示です。おそらくそのモニターに、じきにピサロ様が現れるはずです》

「ピサロの用件は何? パーティの途中で連れ出すなんて、よっぽどのことでしょう?」

《それは、存じ上げないのです》

「そもそも、こんなところに連れてこなくても、ピサロとの通信なんてわたしの宇宙船パレスで出来るわ」

《そうはいきません。ピサロ様のご指示ですから。それに背くと、私がピサロ様に怒られてしまいます》

「だから、それはいったい、どういうことって聞いてるの」

《詳しいことは存じません。私はそう指示を受けただけです。とにかく、リサ様には時間までお待ちいただく必要があります。ピサロ様とお話ししいただく時間まで、です》

「そう。具体的には、どのくらい待てばいいの?」

《それも、存じ上げないのです。ピサロ様は気まぐれですから、数分かもしれませんし、あるいはかもしれません》

「は?」

《大丈夫です、お食事は最高級のものをここに運ばせます》

「あのしみったれたソファーとテーブルでそれを食べろってことかしら」

 マーカスはそれには答えずに、

《お手洗いはその先にあります、部屋を出てそこに行かれるのは構いません》

「つまり、監禁する気ね」

《そんな、リサ様、監禁だなんて、とんでもない》

「まあ、いいわ。ピサロにも何か考えがあるのでしょう。閉じ込められてあげるわ。ただし、そのかわり、この部屋の周辺にわたしのドロイドを警備のため配置させてもらう」

《ええ、それは問題ございません》

「え?」

 わたしは通るはずのない要求を吹っ掛けたつもりだった。それがあっさりと通ってしまい、肩透かしどころか、混乱してしまった。どういうこと?

《もともと、リサ様たちを力づくで閉じ込めるつもりなんてないのです。ただ、リサ様たちがこの部屋から離れなければいいのです。それだけなのです。セキュリティはリサ様の信頼するご自身のドロイドをお使いください》

「それは嬉しいわ。すでに舞踏場に置いていたドロイドに加えて、宇宙船パレスからも戦闘用のものを呼ぶことにするわ」

《ええ、問題ございません》

 腑に落ちない。どうなってるんだ?

「それが許されるなら、わたしがこの部屋を出たり宇宙船パレスに帰ったりしても、良さそうなものだけど」

《そういうわけにはいかないのです。繰り返しになりますが、閉じ込めようというつもりはありません。しかしリサ様が部屋から離れてしまい、ピサロ様を怒らせでもしたら、取り返しがつきません。だと考えていただければ良いのかもしれません》

 ふいにわたしは、少し寂しい気持ちになった。

「……ねえ、マーカス? あなたは誰の味方なの?」

 その古めかしいバーテンダーの格好をしたドロイドは――表情を変えることなんてできないんだけど――一瞬困ったように考え込んだようにも見えた。

《私はこの港の管理者です。私はいつでもパナマのことを考えているのですよ》

 わたしは緑眼グリーンと目を見合わせようとしたが、彼女はすぐに目をそらしてしまった。

《それでは、私はこれで失礼します》

 また少し不格好な機械音をたてながら、マーカスが部屋から出て行った。ドアは開け放しのままだった。

 ほどなくして、わたしのドロイドたちが到着する。総勢十七体が部屋の内外に配置されると壮観だ。たしかに、これなら監禁というより籠城かもしれない。

 わたしはソファーに腰かけ、待つことにした。結局ピサロが何をしたいのか分からないし、少し嫌な予感がする。しかし他に選択肢はなさそうなので、仕方ない。

 ソファーにはあと二人は座れるが、〈コンパニオン〉たちは座ろうとしない。かといって空いたスペースに寝そべる気分でもないし、これはこれで少し居心地が悪い。

 〈ウェブ〉に接続して最新のニュースをチェックするが、すぐに飽きてしまった。ピサロ関係の情報が何かないか検索し、いま自分が置かれた状況についての手がかりがないか探してみたけれど、何も変わったことはない。パナマの定例パーティが無事に終わり人々は帰路についた、というごく小さな記事が、小惑星帯のローカルニュースに出ていただけだった。

 そうか、パーティはあのまま、何事もなく終わったのか。

 手持無沙汰になったわたしは、〈ウェブ〉経由で音楽を聴くことにした。〈コンパニオン〉たちもおしゃべりに飽きたのか、てんでに〈ウェブ〉に接続して何かをしているようだった。

 しばらくして、マーカスが派遣したドロイドが夜食を運んできた。簡単なものだが悪くはない。それを食べ終えて、わたしは少し運動をする。

 モニターは真っ暗でピサロは現れない。

 単調な時間。もう、いい加減にしてほしい。

 仕方なく結局ソファーに寝そべって、〈ウェブ〉でニュースを漁る。ひとつ、ピサロとは特に関係ないけれど、ちょっと変な話があった。辺境の下層民の間でバベル病とかいう奇病の噂が流れているらしい。なんでも、人間の言葉が話せなくなって、かわりに誰にも理解できず機械にも翻訳できない奇怪な言葉を話し始める病気だそうだ。しかもバベル病患者と会話することで(唾液交換などではダメで、文字通り言葉を交わすことで初めて)感染するんだとか。しかし、帝国の公衆衛生部もピサロの衛生管理部隊も、そんな病気の存在自体を否定しているらしかった。当たり前だ。物理的には空気の振動に過ぎない「会話」それ自体で感染する病気など、生物的なものだろうが電子的なものだろうが存在しえない。くだらないな。下層民はすぐにこういう、くだらない話を信じる。ま、わたしには、関係のない話。

 もう少し気になるニュースもあった。帝国が宇宙観測網を強化すると発表したらしい。色々な波長帯と重力波で太陽系の外の宇宙を観測するのだそうだ。純粋な科学調査が目的で、ブラックホールとか遠くの銀河とかを観測するらしい。本当だろうか。帝国が科学なんてものに関心を持っているなら、少し意外なことだ。まあ、これも別に、わたしには関係がないニュースなのだけれど。――宇宙か。そういえば、わたしは小さな頃、星を見るのが好きだった。セレスのゴミ溜めで夜空をひとりで見上げてた。ゴミの隙間からのぞく小さな汚い夜空だった。セレスは重力が弱すぎて環境改造テラフォームができないから、透明なドームを作ってみんなその中に住んでいた。そこには何百年にわたってゴミばかりが積みあがって、ゴミをどこからか持ち込んで溶かしたり砕いたりして売る人たちがとんでもなくたくさんのお金を持って威張っていて、わたしたちはただ働いていた。生まれたときにはもうゴミの山に埋もれていて、死ぬときもやっぱりゴミの山の中にいて、ゴミの一部になるだけだった。ドームの中で淀んだ空気はにごり、灰色をしていた。小さなドームなのに、その中には大きな雲が出来て空を覆っていた。汚い雲の流れの隙間に時たま星がちらりと見え、またすぐに消えた。わたしは毎晩寝る前に、その夜に見えた星の数を数えていた。昨日は十、今日は十二、といった感じで。星が何かなんて、知らなかった。それはただ空で光っているだけの何かだった。ドームの外に世界があるのだということも、よく分からなかった。ましてや科学なんて。ただの何も知らない、何も持たない汚い少女ガキだったころの話。昔の話だ。――そうだ、わたしは何を考えてるんだ。どうしてこんなことを思い出したんだ。

 我に返ってソファーから起き上がり、あたりを見回すと〈コンパニオン〉たちがそこにいる。

 あまりに暇すぎると、人間はくだらないことばかり考えてしまう。


 そうして、監禁――あるいは籠城――から八時間ほども過ぎ、わたしが少しうとうとし始めたとき、が部屋の前に現れた。ドアは開け放したままだったので、ちょうど前の廊下を通りかかったついでに部屋の中を覗き込んだ、という風だった。

 わたしのドロイドは、すでにそいつに照準を合わせている。

 しかし、何かがおかしい。にわかには信じられなかったが、何度見ても、やはりそうだ。こいつは、さっき緑眼グリーンが殺したはずのじゃないか?

「おいおい、物騒だなぁ、なんだこのドロイドは」

「……あなた、生きてたの?」

 そう言って、わたしは緑眼グリーンをにらんだ。そしてただちに男をスキャンする。

 一致。さっきスキャンした男のデータと一致している。

「いえ、そんなはずはありません、ご主人様マム。私は確かにこの方をダクトから――」

「じゃあ、こいつは何かしら」

 わたしは低い声で言う。

「分かりません。似ているだけで、別の――」

「同じ男よ。スキャンデータは一致しているの」

「へへ、残念だねぇ。生きてましたわぁ」

 粗野な大男がこんな話し方をしているのを聞くだけで、虫唾が走る。

「それにしても、何度見てもいいねぇ、その三人の美女は。見ているだけで生きてて良かったって思うねぇ。おっと、三人じゃない、かな、失敬失敬」

 わたしは、つとめて冷静な口調で言う。

「いま、わたしのドロイドは、あなたに照準を合わせている。わたしの指示一つで、あなたの頭は吹き飛ぶわ」

 すると男はポリポリと頭をかいて、

「うーん、それはおっかないなぁ。そんなに綺麗なのにおっかないなぁ。やめてほしいなぁ、、ていうかリサちゃん」

 えっと、リサ? わたしは、あんまり呆れたものだから、こいつを殺す気をなくしてしまった――殺す気を、ね。

「誰に口をきいてるか、分かっているの? わたしのことを知っていたのは、褒めてあげるけど。でも、知っていてこんなことをやってるなら、世間知らずもいいところ。あなたみたいな男が、拷問されて殺されても、誰も気にしないのよ――たとえ、ハーブを持っていたとしても」

 そしてこいつは、実際にはハーブなんて持っていやしない。ましてや帝国の自由市民権なんて。ただのチンピラだ。

「怖いなあ、リサちゃん。怒るとお肌に良くないよ」

 その瞬間、わたしのドロイドのYAGレーザーが、男の左ひざを打ち抜いた。うっ、と小さな声をあげて男がバランスを崩す。しかし倒れない。というより、膝の痛みを気にしていないように見える。なにかのクスリをやっているのだろう。

「へぇ、まだ立ってられるんだ。次は右ひざ、それから両手首。あと、両耳と鼻。頭を吹き飛ばすのは最後よ」

ご主人様マム、やめてください。そこまですることないでしょう」

 と、緑眼グリーン

「ねえ、もとはといえば、あなたが殺し損ねたことが発端でしょう?」

 わたしがそう言うと、彼女は黙ってしまった。男はにやけた顔を崩さず、

「いいのかな、俺、ハーブも自由市民権も持ってるんだけどな」

「は、くだらない嘘。とっくにスキャンしたわ。あなたはどちらも持ってない」

「お前はピサロの犬のくせに、帝国にも尻尾振ってるだもんな、リサぁ」

 ドロイドが右ひざを吹き飛ばす。男は今度こそ前のめりに突っ伏して床に倒れた。

ご主人様マム、落ち着いてください。そいつはただの麻薬中毒ケミカル・ジャンキーですよ、相手にしていたらキリがない」

 今度は黄眼イエローが言う。わたしは当然、それを無視して自分の銃を取り出し、倒れている男の方に歩いて行って、自分の手で男の頭をつかんでぐいと顔を持ち上げ、その右目の前に銃口をつきつける。

「ねえ、違うの。わたしがピサロを飼ってるの。

 そう言って〈コンパニオン〉にちらりと目をやる。彼女たちは戸惑ったような顔をしてこちらを見ている。

「わたしは、ピサロたちの恥ずかしい姿を知っているの。それから、帝国の偉い人たちのこともね。きっといまに、皇帝陛下だって。だから、みんな、わたしが飼っているの。逆ではないのよ」

 男は気味の悪いくらいにやけた顔のまま、また口を開いた。

「だからさぁ、お前は勘違いしてるんだよ、リサちゃあん。ピサロは誰にも飼われない。お前くらいの犬をどうしようが、ぜんぶピサロの気分次第なんだよぉ」

「は?」

 まさかこいつは、わたしたちの今の状況を、把握しているのか?

 いや、そんなはずはない。この会話は、偶然だ。

 〈コンパニオン〉たちはお互いに顔を見合わせている。

「ははは、さっさと殺しなよ。はは。いやまあ、今ここに来るまでは死ぬ気なんてなかったんだけど、でもリサちゃん、俺を殺すんでしょ?」

 わたしは銃口を男の右目にぴったりとくっつけた。この男は、何かがおかしい。

「ナメないで。あなたは痛みを感じないのか知らないけど、拷問をやめてすぐに殺すこともできるのよ。だから、知っていることを全て言いなさい!」

「知ってること? んーと、何か勘違いしてない? 俺が知ってるのは俺のことだけさ。リサちゃん、あんたがいま殺そうとしている、あんたの目の前にいる男、これは帝国の官僚なんだよ。ベスタに出向してた。だから当然自由市民権は持ってる。しかも、ピサロの息がかかってるんだ。だからハーブも持ってるんだけどなぁ、いつも見えないようにしてるんだよ。本省の役人が大っぴらにハーブをもってたら問題が起きるからなぁ。一介の内衛ないえなんかとは違うんだ。とにかく、この俺は、帝国の官僚で、しかもピサロの庇護があるんだ。ちょっと身元を偽装してきただけさ」

「は、ありえないわ。そういう人間は偽装しても見る人が見れば分かるように、痕跡を残しておくものよ。でないと、誰の庇護もない人間って思われて、下手すると殺されてしまうから。でもあなたに、そんな痕跡はなかった。自由市民権だってなかった。つまりあなたは、ただのチンピラ」

 男は少し驚いたようにして、でも相変わらずニヤニヤしたまま、

「んーと、おかしいなぁ。痕跡はあるよ。あったでしょ? 見えなかったの? びっくりだなぁ。リサちゃんのくせにぃ?」

 わたしは、思わず激高しそうになるのを、かろうじて抑えながら、

「答えろ! お前は誰の指示でここに来ている!」

 男はわたしを見もせずに、

「へへへ、そこの〈コンパニオン〉ちゃん、三人とも本当に綺麗だなあ、眼福だよぉ――何を企んでるのか知らないけど、お役に立てたなら、嬉しいね」

「……え?」

 それを遮るように、赤眼レッドが口を開く。

ご主人様マム、もう充分です。そんな奴、放っておきましょう。殺す価値もない」

 わたしは、言い知れぬ不穏な空気を感じ、男から銃口を離さず、〈コンパニオン〉たちに、低い声で尋ねる。

「あなたたち、何を知っているの?」


 ボンッ。


 その瞬間、気持ちの悪い音。

 スキンヘッドの頭が、首から丸ごと吹き飛んでいた。

 あたりに脳みそと頭蓋骨が散乱している。

 わたしもそれを全身に浴びている。

――え?

 一瞬、何が起こったか分からず、直後、絶叫しそうになる。しかしそれを必死でこらえてから、盛大にせき込んで、よろめいた。

「ゴホッゴッ……ゲッ……ゴホッ……ッ……ちょっと、なにこ……」

 何が起きた?

ご主人様マムがやったのでは?」

 と、黄眼イエローは平然としている。

 臭い。血と、何だ、何のにおいだ、これは? 脳みそのにおいか?

「いや、ッ……ゴホッ……いや、わたしは何もしてない。何言ってるの?」

「撃ったのは、ご主人様マムのドロイドですよ? しかも、YAGレーザーじゃなくて小型破裂弾シェルを頭に撃ち込んだから、こんなことに……」

 と、赤眼レッド

 は? わたしは何の指示も出してない。

 やはり、何かがおかしい。

 しかしドロイドたちは、もう微動だにしない。

 気を取り直して、ドレスの裾で、血まみれになった自分の目と鼻と口をぬぐう。吐き気が襲ってくるのを抑え、呼吸と姿勢を整える。

 冗談じゃない。

 何か異常な事態が起きている。この場に留まるのは得策ではないだろう。それにこんな血まみれで、こんな部屋に閉じこもっていられるか。

 わたしは部屋を出ようと歩き始める。

ご主人様マム、まずいですよ! ピサロ様が――」

 そう言ってわたしを制止しようとした黄眼イエローを振り払うようにして、出口へと向かう。

「知らないわ。何がピサロよ。わたしを閉じ込めたいなら、それなりの待遇をすることね」

 しかしその瞬間――わたしは立ち止まらざるを得なくなった。わたしのドロイドたちが一斉に、こちらに銃口を向けていた。

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