第5話 ルームメイト
私は明日の支度のために、カバンに教科書やノートをつめていた。英語の教科書を手にして、ため息が出る。来週からは夏休みが始まる。だから明日で一学期の授業は最後。エレナ先生ともしばらくは会えなくなると思うと、妙に胸がすーすーして寂しかった。
ここ最近の私はずっとエレナ先生のことを考えている気がする。ふとした瞬間に先生の笑顔や仕草が浮かんで、一日の大半の脳内を占めていた。
(何でこんなに先生のことばかり考えちゃうんだろう)
いくら思考を巡らせても答えは出ない。
支度を終えて私はベッドに寝転んだ。
白い天井を見上げても、浮かぶのはエレナ先生で⋯。
(きっと友だちがいないから一人の人のことばっかり浮かぶのかなぁ)
何だか落ち着かなくてベッドの上でごろごろしていたら、突然コンコンとノックの音がした。
私は起き上がり、扉を開く。そこにいたのは寮母さんだった。
「こんばんは、
「⋯⋯こんばんは。あ、はい。えっと、何かありましたか?」
寮母さんが寮室に訪ねて来るなんてあまりないことだ。
「実はですね、今週の日曜日からこちらの部屋に新しい生徒が入ることになりました」
「この部屋にですか?」
「ええ、そうです。日曜日の朝から荷物などの搬入がありますので、少しの間お部屋が慌ただしくなりますが、よろしくお願いしますね」
「⋯⋯分かりました」
どうやらずっと一人で使っていた部屋が相部屋になるらしい。元々、桜花寮は二人部屋だから、そっちの方が本来の使い方だけれど。
それにしてもこんな時期に入寮するなんて、珍しい。
「あの、この部屋に来る方はどんな方なんですか? 転校生なんでしょうか?」
「いえ、今も
「そうなんですか⋯」
相手が先輩だと、気を遣ったりしなきゃいけないから何か面倒だな。怖い先輩じゃないといいけど。
寮母さんが去り、私はまた部屋で一人。ベッドに腰掛けて、ガランとしている部屋の片側が自然と目に入る。数日後にはそこに新しいルームメイトがいる。
(ルームメイトがエレナ先生だったら楽しいだろうな)
ありえない妄想が湧き上がる。
その先輩と上手くやっていけるのか、私はいまいち自信が持てなかった。
夏休み前最後の日曜日、私は街にくり出していた。今日ルームメイトが引っ越して来る。その間部屋にいても手持ち無沙汰になりそうだったから、街に逃げて来た。
梅雨はいつの間にかいなくなり、空には見事な青空と入道雲。
暑い日差しを避けるために目深に帽子を被り、私は先生と会ったあのパンケーキ屋さんに向かっていた。もしかしたら、また会えるかもって、ちょっとだけ期待している自分がいる。
街中を歩き、ようやく辿り着いたお店はあの時と様子が違っていた。
これではどうしようもない。今日は運がなかった。
私は仕方なく元来た道を引き返す。とぼとぼ歩いているうちに駅前に戻って来てしまった。
(どこに行こう)
パンケーキ屋さんに行くことしか想定してなかったから、急な空き時間に戸惑う。
(暑いし、どこか涼しいところがいいかな)
デパートでもぶらぶらしようと決めた時、駅の階段前に蜜色に輝くポニーテールの女性がいて、目を奪われる。
男性にも引けを取らない長身に、すらりと伸びた長い足。遠くからでも分かる。
(エレナ先生だ!)
私の足は自然と早足になり、先生へと近づいていく。だけど、近づいてきて、私は先生が誰かと話していることに気づいた。先生の体に隠れてよくは見えないけど、相手は男性みたい。
更に近づくと、先生と話しているのは外国人の男性だと分かった。彫りの深い甘い顔立ちは、何かの映画で見た俳優によく似ている。要するにイケメンってやつだ。
(何話してるんだろう)
雑踏のざわめきの中から聞こえてくる二人の会話は英語で、私には聞き取れない。でも二人が楽しそうなのは伝わった。
(もしかして、エレナ先生の彼氏なのかも)
美男美女の二人の姿はちょっとした映画のワンシーンみたいで、道行く人たちもちらちらと視線を送っている。
何だか別世界を見ているみたい。
入り込めない二人の世界。
私は何だが胸を押しつぶされたみたいに苦しい。
どうしてそんな気持ちになるのかも分からない。
気づけば私はその場を走り去っていた。
(見たくない! あんな先生、見たくない!)
あれから私は図書館に行って、ぼんやりしていた。手にした小説も全然頭に入ってこなくて、結局何を読んだのかさっぱり覚えていない。
日が暮れる前に寮に戻ると、自室のドア横のネームプレートが増えていた。私の名前の下に『
恐る恐るドアを開け中に入ると、部屋の右側に荷物やダンボール箱が置かれていて、その前に一人の少女がいた。
私に気づいてその少女がこちらを見る。目が合った。
「もしかして瓜田さんですか?」
「あっ⋯はい」
「こんにちは。今日から同じ部屋になりました、3年2組の栗栖美結っていいます。よろしくお願いしますね」
栗栖さんは手を差し出してきたかと思うと満面の笑顔で私の手を掴んで、ぶんぶん握手する。
「⋯⋯2年3組の
「瓜田さん、そんなに緊張しないでください。私の方が先輩ですけど、こうしてルームメイトになったんですから、気楽にやっていきましょう。私のことも気軽に美結って呼んでくださいね!」
「⋯⋯さすがに先輩を呼び捨てにはできないですけど」
「えー、そうですか? 私は気にしないですよ。でも後輩からすると呼び捨てって抵抗あるのかなぁ」
ひとまず、怖い先輩ではなくてよかったけど、フレンドリーすぎて、困惑する。
「私、名字で呼ばれるのあまり好きじゃないので、呼び捨てが無理なら美結先輩って呼んでもらえると嬉しいです」
「⋯分かりました」
「それじゃ、これからよろしくお願いしますね。荷物すぐ片付けますねー」
「お構いなく⋯⋯」
美結先輩と上手くやっていけるかは分からないけど、何とかなるかな。ならないと困るな。
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