第56話 エピローグ

 終業式を終えた日の、放課後。

 俺は結愛と一緒に、家路についていた


『どうしても渡したいものがあるんだけど。あ、今すぐじゃなくてー、あとのお楽しみね。帰りね、帰り』


 今朝、結愛にそんなことを言われたせいで、俺は学校にいる間ずっとそわそわしてしまっていたのだった。

 おまけに、『私にとってめっちゃ大事なモノだから』などと言われたら、ついつい期待だってしてしまうというもの。


「朝に言ってたことなんだけど」


 そら来たぞ、と俺は思った。

 結愛には悪いが、俺は結愛から何を渡されようとも断るつもりでいた。


「ちょっと待ってくれ」

「どうしたの?」

「俺は……ズルはしたくないんだよ」


 硬派で有名な俺は、たとえ窮地を救った礼代わりに『何でもしていい権利』を手渡されようが、それになびくようなことはしない。


「ドヤ顔で何と勘違いしてるのか知らないけど、慎治に渡したかったのは、これだよ」


 結愛が胸元のポケットから取り出したのは、鍵だった。

 見たところ、名雲家のものではない。デザインが違うし、ネックレス用のチェーンだって付いていなかったから。


「うちの合鍵」

「……何故?」

「私は慎治の家にいつでも行けちゃうのに、慎治はうちにいつでも来られないなんて不公平でしょ?」

「ああ、それもそうかもな」


 なんだ。そっか。

 そっかぁ……鍵かぁ……。

 オレ、スゲェ、ハズカシィ……。


「慎治~、ナニと勘違いしちゃってたの~?」


 結愛は、持っている鍵の先を俺の胸にグイグイと押し付け、ニヤニヤの笑みを間近で披露する。


「なんでもないよ」


 視線をそらしてしまうことで、俺は邪なことを考えていたと白状してしまう。


「私がそんな回りくどいことしないヒトなの、知ってるでしょ?」


 これが冗談じゃないから怖いんだよなぁ……。


「紡希も結愛の家には行きたがってたし、ちょうどよかったな」


 結愛からもらった合鍵を、俺はポケットにしまった。


「そうそう、紡希ちゃんも連れてくるといいよ」

「ああ、喜ぶだろうな」

「ちょうど、夏休みも始まるしね~」


 結愛から言われて、明日から始まる夏休みを想像する。


 これまで、俺はずっとぼっちの状態で夏休みを過ごしたのだが、それでも充実していたのは、親父にくっついて海外に行くことが多かったからだ。親父が若手時代に武者修行をしたヨーロッパの国々を回ったり、アメリカ最大の団体が開催する夏の祭典を観戦したりして、プロレス絡みながら楽しい長期休暇を送った思い出がある。


 去年を除いて、だが。


「紡希は、去年の夏は彩夏さんのことで大変だったから、今年の夏休みはやたらと期待してるみたいだな」


 ここ数日、夕食時に紡希が出す話題は、夏休みは何をするか、ということばかりだからな。楽しみにしていることは間違いない。


「それなら、私たちでめっちゃ盛り上げてあげないとね」


 結愛が言う。ちょっと前までは俺をからかう顔だったのに、今は慈母のごとき微笑みが全開だった。まあ、名雲家の食卓に同席する機会が多い結愛は、紡希がどれだけ楽しみにしているか知っているしな。


「紡希に、本当の夏休みというのを教えてやらなければいけない」


 俺は燃えていた。

 正直なところ、まっとうな夏休みの過ごし方なんて俺は知らないのだが、心強い協力者がいる今、そんな心配なんてどうだってよさそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る