第29話 義妹の周りの優しい世界 その3

 日が暮れる前に、百花ちゃんは帰ることになった。


 季節的はもう夏に突入していることもあり、日没が遅く、まだまだ外は明るい。


 俺と結愛は庭に立っていて、門の前に立つ百花ちゃんを見送ろうとしていた。


 紡希は、駅まで百花ちゃんを送っていくそうだ。百花ちゃんの隣で、アスファルトに長い影を伸ばしていた。


「今日は、ありがとうございました」


 百花ちゃんがぺこりと頭を下げる。手には、お土産代わりに結愛手製のクッキー入りの、綺麗にラッピングされた小袋があった。


「またいつでも来ていいからね」


 俺は言った。もちろん本心である。紡希の友達なだけあって、とてもいい子だっ

た。


「はい、ぜひ」


 百花ちゃんが感じの良い笑みを返してくれる。


 うちにやってきた直後の様子から、引っ込み思案な性格なのかと思っていたのだが、たんに人見知りをするというだけで、慣れてしまえば紡希の背中に隠れるようなこともなくなっていた。


「今日は、来てよかったです。それに、つむちゃんから話に聞いていたのよりずっと素敵でしたから」


 結愛ったらまた高評価レビューをもらっちゃうんだから、と思いながら、冷やかしてやろうという意図で俺は隣に視線を移そうとするのだが。


「あ、いえ、お兄さんのことです」


 百花ちゃんが、うつむきながら訂正してくるものだから、結愛に向かっていた首をぐりんと無理に回るはめになった。


「でしょ~!」


 どういうわけか、自分が褒められたわけでもないのに結愛が嬉しそうにしながら百花ちゃんの肩に腕を回す。ふんふんと鼻息が荒いのはどうにかしてくれ。


「百花ちゃんもっと言ってあげてよ~。私も前からそう言ってるんだけど、慎治ったらぜーんぜん信じてくれないんだから」

「そうなんですか?」

「俺は自惚れない男なんだよ……」


 褒めてくれるのは嬉しいが、はいそうですか、とすんなり受け入れられやしない。


「私、お姉ちゃんと妹しかいないから、男の人は苦手なんですけど、お兄さんは穏やかだから、苦手な感じしなかったですし」


 追い打ちのように百花ちゃんが褒めてくれる。


「そうかなぁ」


 紡希の友達だから、と慎重に接したことが、かえって好印象を抱かせたのだろうか? 百花ちゃんの周りにいる中学生に比べれば俺は背が高いから、何もしなくても大人っぽく見えてしまい、それをかっこいいと勘違いしてしまうのかもしれない。


「百花、夢見すぎよ」


 ガバガバ設定のお嬢様キャラのままな紡希が、俺の隣に立って指をさしてくる。


「慎治兄さんなんかたいしたことないわ。毎日ごはんを作ってくれて、駅まで送ってくれて、私が泣きそうになったら助けてくれる。それだけの人よ」


 それだけ言うと、紡希は、離すまいとするかのように俺の腕にしがみついてくる。

 愛する義妹のとんでもない高評価にのぼせ上がりそうになるのだが、それよりも前に百花ちゃんの前で、大人っぽさを志向しているはずのキャラが大崩壊するような発言をしたことが気になってしまう。


「ちなみに今のは全部逆よ。わたしがいないと慎治兄さんは何もできないのだから」


 紡希もマズいと悟ったらしく、慌てて訂正した。

 間違いではないよな。紡希が存在しなかったら、俺も紡希のために何かをすることはないわけだし。


「いいなぁ、つむちゃんは」


 百花ちゃんは、紡希がボロを出すのを前にしようとも特に気にする様子はなかった。


「ほら、暗くならないうちに百花ちゃんを送ってやれよ。夜までかかったら、今度は俺が紡希を迎えに行かないといけなくなるし」


 このまま俺といると、せっかく紡希がつくったキャラが破綻してしまいそうだ。バレる前に早いところ百花ちゃんを送っていった方がいい。


 そして紡希は、百花ちゃんと一緒に歩いて、駅への道を歩いていく。

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