第30話 義妹の周りの優しい世界 その4

「ていうか慎治、緊張しないで話せてたじゃん? 思ったよりぜんぜんよかったっていうかー」


 中学生組がいなくなった庭で、結愛がニヤつきながら言った。


「心配することもなかったね」


 確かに結愛の言う通り、初対面の百花ちゃんが相手でも上手くコミュニケーションできたようだ。その証拠に、百花ちゃんからお褒めの言葉をもらってしまったわけだし。


「紡希のあの変なキャラに気を取られて、緊張なんて忘れてたのかもな」

「うーん、紡希ちゃんの前でいいところ見せようって思ってたのがよかったんじゃない?」

「それもあるだろうけどな」

「慎治さー、クラスの子の前でも、ちょっとカッコつけてみたら?」


 結愛が突拍子もない提案をしてくる。


 どうして俺がそんな媚び売りみたいなことをしないといけないんだ?

 そんな疑問は湧くのだが、妙に楽しそうな結愛を前にすると、水を差すようなことは言えなくなってしまった。


「あれ? 百花ちゃんどうしたんだろ?」


 結愛が通りの向こうを指差す。

 門を抜けてから1本目の電柱を通り過ぎたあたりで、百花ちゃんがてこてこ走りながら引き返してきたのだ。


「あの、言い忘れたことがあって」


 走ってきたせいか、百花ちゃんは息切れしていた。運動は苦手みたい。


「つむちゃんのことなら、心配しないで任せてください!」


 ファーストコンタクトを思うと、考えられないような頼もしい言葉が飛んでくる。


「つむちゃんが本当はどんな感じか、ちゃんとわかってますから」


 額にほんのりと汗を浮かべて微笑む百花ちゃんは、本当に信頼できる表情をしていた。


 やっぱり百花ちゃんは、本当の紡希に気づいていたのだ。


「そっか。まあ、ガバガバだったもんな」


 遠くで紡希が両手を後ろに組んで、覗き込むようにしながらこちらの様子を気にしていた。


「やっぱり、紡希が学校でボロ出しちゃったの?」

「いえいえ、学校では、そんなこと全然ないんですよ。ちゃんとああいう感じで。でも、家族の前だと本当のつむちゃんになっちゃうんだなぁって。ああ、やっぱりなぁ、こっちが本当だったんだ、って思ったんです」


 どうやら、学校では上手く隠し通せているらしい。


 俺は安堵するとともに感動していた。

 家族……か。学校ではキャラを演じきっている紡希が、すぐ本性を出してしまうくらい安心できる場所に、名雲家がなっているのならいいのだが。


「じゃあ、百花ちゃんは前々から気づいてたんだ?」

「はい。だって」


 微笑みながら百花ちゃんが見せてくれたスマホには、以前紡希のスマホを買いに行った時に撮った、俺と結愛と紡希の姿が収められた写真があった。


「このつむちゃんを見たら、こっちのつむちゃんが本当なんだろうなってわかりますよ」


 百花ちゃんは、3人で撮った写真を愛おしそうに見つめる。


「たしかにねー、この紡希ちゃん、ヤバいいい顔してるからね」


 結愛が覗き込んで言った。


 そのヤバいいい顔をさせた功績は、結愛のものだ。


 あの日、結愛が勝手についてこなかったら、この写真だって撮れなかったんだからな。


「百花~! 早くしなさい! 暗くなってしまうわ!」


 遠くにいる紡希が、大きな声で呼ぶ。


 百花ちゃんが紡希の正体を知っているとわかった後では、とんだ道化に見えてしまうが、当の百花ちゃんはそんな紡希ですら愛おしいようだった。


 ぺこりと一礼して、百花ちゃんは紡希のいる場所へ戻っていく。


 夕方と夜の境目な空の下で、2人の姿が道の向こうへ消えていくまで、俺と結愛は並んで見守るのだった。

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