第28話 義妹の周りの優しい世界 その2
「百花、教えてあげて」
あわわ、そうだね、とまだある程度の動揺を残しながらも、紡希から促された百花ちゃんが話し始めた。結愛も俺の隣に戻る。よかった。あの態勢のままじゃお話どころじゃないからな。
「つむちゃん、学校ではみんなから人気あるんですよ」
百花ちゃんが答えた。
「人気って……男子に?」
そう聞き返した途端、隣にいた結愛に腰をつねられた。
「……圧が強いって」
百花ちゃんに対してにこやかな笑みを崩さないまま、結愛がぽそっと耳打ちをしてくる。
「男子もそうですけど、女子にも人気で」
「女子にも!」
思わず、人差し指を立てた両拳を何度も突き上げてしまった。お祝いの準備しといた方がいいか?
「……態度の変わり方がわかりやすすぎでしょ」
またも結愛から突っ込まれようが、俺の期待感が収まることはなかった。
「つむちゃんは、恋愛の話にすごく明るいんですよね。それでみんなの相談に乗って、頼りにされてるんです」
「恋……愛……? 痛っ」
だからつねるなよな……。ちょっと不思議に思っただけだろうが。別に男の影を警戒して聞き返したわけじゃないっていうのに、早とちりするなよ。せっかちだな。
「紡希が……恋愛相談?」
俺は疑惑の視線を紡希に向けるのだが、紡希はあくまで涼しい顔をしてジュースなんぞをすすってやがる。
まあ、普段の俺たちへの態度を見る限り、紡希もまた年頃で恋愛沙汰に興味を持っているのは理解できるのだが、どちらかというと、無邪気にエンタメとして楽しんでいるだけで、とても相談に乗れるようなタイプには思えなかった。
「だって、年上で、これだけ仲のいい恋人同士が身近にいるんですよ? みんなつむちゃんを頼りにしちゃいますよ」
百花ちゃんが言った。
なるほど、謎が解けたぞ。
だから、俺と結愛に対して、事前に「イチャついて」と頼んできたのか。
紡希は、「高校生の恋人が身近にいる」ことをクラスメートに知られているからこそ、恋愛相談で頼りにされているのだろう。相談する側としては、経験豊富な相手に話を持ち込みたいからな。中学生からすれば高校生は大人に見えるわけで、そんな高校生カップルと同棲レベルで一緒に暮らしている立場なら、恋愛相談しようと思う人間も多くいるだろうし。
たぶん、その根拠というか証拠を、百花ちゃんに見せたかったのだ。
百花ちゃんの疑いを晴らしたいわけではあるまい。今日の態度で、百花ちゃんが紡希を疑う様子は見当たらなかったから。
たんに、百花ちゃんからの信頼を、より強固にしたかったのだろうな。
「すごいね~、紡希ちゃんめっちゃ大人じゃん」
結愛がにこやかな笑みを紡希に向ける。
「そうなんだよ……いえ、そうなの」
憧れの結愛から褒められて、一瞬元の紡希が顔を出しそうになったな。
「私が中学の時なんて、恋愛のことで相談されたことなんてなかったよ~」
「えっ、高良井さんが!?」
「結愛さんのことだから、恋愛相談なんていっぱい受けてるものと思ってたのに……」
中学生組が驚きを見せた。
「いやいや、紡希ちゃんにはかなわないって」
結愛が右に左に手を振る。
「つむちゃん、つむちゃんのやってることって、すごいことなんじゃない!?」
「うん、うん。わたしってすごいのかも……!」
なんかだんだん俺の知っている素顔の紡希が顔を出し始めたな。そのうち、百花ちゃんの前でも関係なくいつもの紡希に戻ってしまいそうだ。ムタのペイントが剥げてただのM藤さんになっちゃうみたいに。
無邪気にきゃあきゃあはしゃぎ始めた女子中学生二人を前にしているのは微笑ましくあるのだが、どうやら俺は、同性でも気づかないことを気づいてしまったらしい。
中学時代の結愛が恋愛相談で頼られなかったのは、能力が不足していたからではなく、相談したせいで好きな人を取られてしまったらどうしよう、という相談者女子の懸念があったからだと思うんだよな。結愛のことだから、中学時代も毎日のように告白されるくらいモテていたのだろうし。紡希と百花ちゃんは、ありえないくらいモテる結愛のことを知らないからな。
結愛に褒められただけで、かんたんに謎のお嬢様キャラが崩壊するのだから、やはり紡希はちょっと無理をしてキャラ作りをしているのだろう。その綻びが生じた時、学校にいる周りの人たちがどう思うのか、俺には相変わらず不安な気持ちが消えなかった。
ただ、百花ちゃんと仲良しなのは確かみたいだ。
つくったキャラの綻びが露呈しようとも、気まずくなることなく一緒になって無邪気にはしゃげるのだから。
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