第25話 義妹の親友がやってきた その1
紡希の友達である百花ちゃんがやってきたのは、ちょうど昼になった時だ。
玄関まで出迎えた紡希が、リビングまで百花ちゃんを連れてくる。
スラッとした印象のある、長身の女の子だった。
地毛らしい綺麗な栗色の髪は、肩のあたりまで伸びたショートヘアで、メガネを掛けているのだが、前髪のせいで片方の目が隠れていた。顔の大半が髪の毛で隠れていても、片方の瞳は大きく、唇も血色が良くてふっくらしているので、よく見れば整った顔立ちとわかった。
ただ、姿勢はあまり良くなく、常に頭を下げる準備をしていそうなくらい上半身が前に傾いていた。
大人しい印象だが、明るい髪色のおかげか、それとも整った顔立ちのせいか、地味で野暮ったく見えることはなかった。小顔で長身のモデル体型だからかもな。
小柄な紡希の後ろに隠れるようにして立っているあたり、初めて訪れる家に緊張しているのかもしれないし、元々そういう控えめな性格なのかもしれない。百花ちゃんの前に立っている紡希の方が堂々としているように見える。まあ自分の家にいるわけだから当たり前か。
紡希の背中にくっつくようにしてこちらにやってきた百花ちゃんは、俺に一瞬だけ視線を合わせると。
「あの、つむちゃんのお兄さんですよね?」
「そうで……いや、そうだよ?」
ついつい丁寧語になりそうだったので、慌ててタメ語に切り替える。俺は初対面の相手には、たとえ年下だろうが丁寧語になってしまうのだ。
紡希が普段話していた内容から察するに、百花ちゃんは俺と紡希の事情を知っているようだ。紡希の兄を名乗ったって問題ないはず。正確には、紡希の立場上いとこ同士のままなんだけどな。紡希には、まだ『彩夏さんの娘』でいる時間が必要だろうから。
「あっ、自己紹介が遅れました。はじめまして」
百花ちゃんが、慌てた様子でぺこりと頭を下げる。
「私、
それが百花ちゃんのフルネームだそうだ。
身長は高いものの、声は可愛らしかった。初対面で緊張しているのか、声が多少上ずって聞こえた。こんな細かいところまでわかるのは、俺も同様のタイプだからである。
ただ、きっちり挨拶をするあたり、大人しいながらもしっかりした子なのだろう。
「ああ、よろしく」
気軽に答えるふりをしながらも、俺は緊張していた。
動揺していることを悟られずに済んだらしく、百花ちゃんはにこやかな笑みを浮かべてくれた。
百花ちゃんの視線が俺から隣に映った時、ぱっと笑顔が明るくなる。
「あの、高良井結愛さんですよね!?」
俺の時とは違う、身を乗り出すくらい前のめりになって、結愛に声をかけた。
「そうだよ~。よろしくね~」
いきなりテンションがアップした百花ちゃんに動じることなく、結愛は嫌味のない笑みを返す。
「つむちゃんからいつも聞いてます! わー、すごい! 実物の方がずっと綺麗ですね!」
まるで芸能人を前にしたみたいな扱いだ。
「ありがとう~、ていうか、百花ちゃんもめっちゃ可愛いよ?」
結愛は、百花ちゃんの前まで来ると、本当に自然な動作で、軽く抱擁を交わした。
その腕の中で、百花ちゃんは頬を赤くして腰から砕けそうになっていた。
結愛の反応は予想通りだ。初対面の年下が相手でも普段と同じだった。百花ちゃんからすれば俺は引き立て役の前座にしか見えないかもしれない。まあいいさ。失点さえしなければいいんだ。結愛の隣にいたら、たいていのヤツは見劣りして当然だからな。
俺の振る舞いは、紡希だって気にしているはず。
俺は、身内に恥をかかせることのない振る舞いができていただろうか?
「ほら百花、いつまでも立ってないでそこに座ったら?」
まるで長い髪でも払うような仕草をする紡希を見て、違和感を覚えた。
紡希の声のトーンが、普段より落ち着いていていて、低くなったように聞こえたからだ。
決して冷たい態度を取っているわけではないのだが……なんだこの違和感は?
「でもでも、せっかく高良井さんに会えたんだし~」
「結愛さんとお話する機会はこれからいっぱいあるんだから。あんまりはしゃいだら結愛さんだって困るでしょう?」
「あ、そっか……」
「仕方のない子ね」
これも、あの紡希のセリフである。
もし俺が漫画だったら、黒塗りの背景に「!?」という漫符が描かれていたはずだ。
紡希……お前、なんだそのプライドが高い優等生みたいなキャラは? しかも普段俺と会話している時の語彙力じゃないだろ。
いや、俺には聞き覚えがある。
この前、紡希の部屋を通りがかった時に耳にした、やたらと芝居がかった声だ。
あれはドラマか映画の音声が漏れていたのかと思ったのだが……まさか紡希だったのか?
「紡希……」
真相を訊ねようとした時、俺の脇腹に衝撃が走った。
「…………」
無言の結愛が、ノールックで俺をつねってきていたのだった。
これは……「触れるな」ということだろう。
そうだ。紡希も、事前に、どんな風になっても引くな、みたいなこと言っていたもんな。どうやら、これがそれらしい。紡希も、ふふっ、と笑みを漏らしながら下僕を見下すような表情をしながらも、さり気なくアイコンタクトを送ってきているしな。余計なことをしなくてよかった。
「そうそう、結愛とは好きなだけ話せるんだからさ。来たばっかりで疲れただろうから、そこに座って足休めててくれよ。お菓子用意してあるから」
百花ちゃんに向けて、俺は言った。
紡希の珍妙なお嬢様キャラは気になるところだが、紡希の友達と実際に対面しての第一印象は、人見知りで他人へのジャッジが厳しいことに定評がある俺を持ってしても高い部類に入るくらい良かった。結愛を前にした時はテンション上がりすぎで多少おかしなことにはなっていたけれど、十分許容範囲内である。むしろ、あれだけ素直に感情表現できることを好ましく思った。
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