第24話 新たなる客 その3

 翌日。


 紡希の友達は昼から来るそうで、俺はリビングに掃除機を掛けることで気持ちを落ち着けようとしていた。


 紡希の友達だから、と快諾したものの、やはり知らない女子が我が家に来るとなると緊張だってしてしまうというもの。


 同級生女子に対してするような、異性への緊張と違って、俺の振る舞い如何では紡希の株が下がってしまわないか心配してのことだ。


「慎治、さっきからそわそわしっぱなしだね?」


 結愛はやたらとくつろいだ様子で、ソファに寝転がりながら、楽しい余興でも見ているような顔をこちらに向けてくる。


「これがそわそわしないでいられるか。紡希の友達に……俺の振る舞いを逐一チェックされるかもしれないんだ。紡希に恥をかかせるわけにはいかない大事なイベントなんだから、緊張だってするだろ」

「紡希ちゃんと遊ぶのが目的なんだから、慎治のことなんてそんなガッツリ見ないって。ふつーにしてればいいじゃん」


 それよりさ、と言って、結愛が立ち上がる。

 この日はやたらと股下が短いデニムのショートパンツで、白い腿が眩しかったのだが、それよりもこの前結愛のために買ったブレスレットが左腕で輝いていて、照れくささで目をそらしそうになる。


 俺の部屋で試験勉強をする時に、ついでに渡したのだが、そう高価なものではないというのに、結愛は飛び跳ねかねない勢いで喜んでくれて、その日はいつも以上にやたらとくっついてきて勉強にならなかったのだった。


 まあ家の中ならいいのだが、授業中にも事あるごとに左手首を眺めてうっとりするような顔をするのは、クラスメートにバレそうだからやめてほしいところ。授業中に挙手する積極的な生徒と思われて、教師から問題を答えさせられそうになった時はちょっと吹き出しそうになったけどさ。


「私たち、紡希ちゃんの友達の前でいちゃいちゃしないといけないんだよね?」

「それは紡希が大げさに言ってるだけで、仲いいところを見せてね、ってだけのことだから」


 紡希の意図は未だによくわからないところがあるものの、そんな感じだろう。たぶん。


「じゃあ、ちょっとウォーミングアップした方がよくない?」

「イチャつくためのウォーミングアップってどういうことだよ」

「いいから。そわそわしながら待つよりいいでしょ?」

「緊張しないといけないことが増えるだけだと思うんだが……」


 結愛には悪いが、紡希の友達が来る前に精神的に疲弊するのは避けたいんだよな。


 そんな俺に構うことなく、結愛は俺のそばにすすっと寄ってくる。


「恥ずかしがらずに済むように、今のうちに恥ずかしいことしちゃえばいいんだよ」


 ウォーミングアップとやらのモードに入ったらしい結愛は、俺をソファに座らせると、俺の左脚に自分の右脚を絡めてきた。結愛の右脚が蛇になったみたいだ。こんな艶めかしい蛇もいないだろうが。


「練習でできないことを、本番でできるわけないもんね」

「急に体育会系染みてきたな」

「よしおらぁ、『好き』って言えおらぁ。やらなかったらグラウンド100周だぞおらぁ」

「体育会系を盛大に誤解してないか?」


 俺より何百万倍も体育会系との交流は深いだろうに。……いや、だからこそ結愛が戯画化した方に真実があるのかもしれない。そんなわけないか。


「いいから、とりあえず『好き』って言ってみてよ~」


 ニヤニヤする結愛が、俺の顔を覗き込んでくる。


「練習だとしても、言った、って事実をつくっておくの大事だよ。この状態で言えたら、慎治が不安になるようなことはなにもなくなるでしょ」

「それは、まあそうかもしれなけどさ……」

「あと、ちゃんと私の目を見てね」


 俺の肩を掴んだ結愛の顔が急接近する。


「慎治の目に私が映った状態で言って」

「ハードルどんどん上げてきやがるな……」


 断りたい気持ちは、あった。ウォームどころかヒートするレベルだから。


 だが、桜咲と出かけた日のことを思い出した。


 俺はとにかく受け身すぎるのだと、桜咲から言われてしまったばかりじゃないか。

 これも、思い切った一歩を踏み出すいい機会だ。


 考えて行動するばかりではなく、勢いに任せて行動する時があってもいいはずだ。


「好きだ」


 結愛の瞳に映る自分の姿と対峙するような感覚で、気を引き締めて俺は言った。

 力が入るあまり、思わず、結愛の肩まで掴んでしまっていた。


「もっと言ってみてよ」


 その方が練習になるでしょ、とばかりに結愛が言う。


「結愛、好きだ」


 1度言ってしまったあとだ。2度目はそう躊躇することはなかった。


「んふふ、そんなに好きなの~?」


 そう言わせようと決めた張本人のはずなのに、結愛の表情が緩み始める。

 やたらご機嫌に見えたので、結愛の要求する水準に達することはできたのだろう。


「あっ、シンにぃがフライングしてる!」


 死角から、紡希の声が響いた。


「もう! 百花ももかちゃんが来るまではそういうのとっておいて!」

「とっておけって言われてもなぁ……」


 そんな器用に微調整みたいなことできるわけないでしょうが。


 ちなみに、百花ちゃんというのが、紡希の友達の名前らしい。


「大丈夫だよ、紡希ちゃん。本番ではもっとすごいことするから」

「ハードル上げるなよな」


 そもそも結愛、お前なんか強気なこと言ってるけど、紡希の前ではお前もわりと恥ずかしがる方だろ。


 いや、結愛のことだ。いつまでも純情ぶるようなことはするまい。紡希の前だろうと平気で痴態を披露できるメンタルを身に着けたのかもしれない。だとしたら、結愛はまた恐ろしい進化を遂げてしまったようだ……。


「わ、すごい! 生キス大公開だね!」

「ん? うーん、まあ、それに近いことは期待してていいかなぁ……」


 大喜びな紡希を前にしながら、歯切れが悪くなる結愛の視線は確かに泳いでいた。

 どうやら相変わらず、紡希の前では恥ずかしくなってしまうこともあるらしい。

 制御不能なモンスターになっていなくて、一安心だよ。

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