第26話 義妹の親友がやってきた その2
キッチンにて、あらかじめ用意しておいたお菓子とジュースを用意する。
ジュースは買ってきたものだが、お菓子は、結愛お手製のクッキーだ。百花ちゃんがやってくる前に、うちのオーブンを使って見事につくってくれていたのだった。
「慎治、やらかそうとしてたでしょ?」
俺の横に、結愛がすすっと寄ってきて、キッチンの台に腰を預けた。
「……いや、だってあれは」
「気持ちは私にもわからなくはないけどね」
どうやらお叱りを受ける心配はないようだ。
「紡希はなんであんなことに?」
俺は結愛に訊ねる。
「中学校ではあんな感じなんじゃない?」
「なぜ?」
「家と学校じゃ、キャラが違うことだってあるでしょ」
結愛にそう言われると、俺は反論できなくなる。
それは紡希のことだけではなく、結愛のことでもあるかもしれないのだから。
俺が昔からよく知っている紡希の姿は、家での紡希の姿だ。
だから、あのよくわからんお嬢様キャラこそ、よそ行き用にこしらえ上げられたキャラだと思うのだが……自信がなくなってきた。
俺は、1日の大半を過ごすことになる学校での紡希をまったく知らないのだから。
「慎治、そんな心配しなくて平気だよ。シスコンだねぇ」
微笑む結愛が、俺の頬を突いてくる。
そんな結愛を見ていると、あれこれと深刻に悩むことでもないように思えてきた。
もはや俺は、結愛が言うことなら間違いない、と思ってしまうくらい、結愛を信頼しているのかもしれない。
「まあ、どうなるか見てみようじゃないの」
などと、外国人の翻訳インタビュー記事にありがちな締めの言い回しみたいなことを言う結愛。
「ていうか慎治、やっぱああいう子の方が好き?」
さっきまで紡希の話をしていたのに、突然百花ちゃんの話になったものだから、俺はコップに注いでいたジュースをこぼしそうになった。
「何いってんだ、相手は中学生だぞ? そういう対象じゃない」
「そっかー。よかった。慎治はおっぱい強調して寄ってくるような子じゃないとダメだもんねー」
「それだと俺がド級のスケベ野郎みたいだろうが」
「えー、慎治は私がおっぱい強調して迫らなかったら、絶対仲良くなろうとしなかったでしょ?」
「俺を何だと思ってるんだ……ていうかお前、何かと胸が当たる距離まで来るのはやっぱりわざと……」
「ふふふ、どうかなぁ~。大きいせいで意識しなくても当たっちゃうのかもしれないよ?」
大きいだなんだ、というせいで俺はついつい視線を下げそうになってしまうのだが、耐えなければ。おっぱい人間だと思われてしまう。
これだけは言っておかねばなるまい。
俺の名誉のために。
「俺は……結愛の胸を好きになったわけじゃないからな」
おっぱい目的ではないと、声を大にして言いたかった。
結愛と一緒にいたいのは、紡希のことを含めて、一緒にいるといい影響をくれるからだ。
人として好きなわけで、体のパーツに限定した偏愛を持っているわけじゃない。
その辺、理解してくれよな、なんて思っていると、結愛は両手で口元を隠していた。
「慎治が面と向かって『好き』って言ってくれたの、初めてじゃない?」
顔色こそわからないけれど、潤んだ瞳がこちらを向く。
そういう意味じゃないんで……なんて言ったら、傷つけてしまうんじゃないか?
「……俺だってそれくらい、できらぁ」
最近の俺、調子に乗りがち。
「めっちゃ嬉しいんだけど!」
結愛を前にした百花ちゃん以上のテンションになった結愛は、俺の背中に顔を押し付けるみたいにして抱きついてきた。
「あぁ~、慎治が私のこと好きって匂いがする~」
「俺はストレス臭の亜流みたいなもんが出る体質なのか?」
嫌なにおいよりはいいけどさ。
背中がやたらとくすぐったくて、トレイを持った手が震えそうだった。
「ねー、慎治~。二人っきりで部屋行っちゃう?」
鼻先を俺の背中にぐりぐりし続けている結愛の声が艶っぽくなりやがる。
「何をするつもりなのか怖いから聞かないが、紡希は俺たち2人にも一緒にいてほしいと言ってるんだ。だからリビングから離れるわけにはいかないだろ」
「私はいいけどさー、2人にはちょっと刺激強すぎない?」
「リビングで何するつもりなんだよ。恐ろしいヤツだな……」
性欲が昂ぶったみたいな発言をする結愛だが、これは完全にからかいモードに入ったサインなんだよな。こんな見た目でも結愛は常識人で、ちゃんとしたヤツだから。だから俺も勘違いしてドキドキするなよ……。
俺は、これ以上からかわれることのないように、逃げるようにリビングへトレイを運ぼうとする。
「ほら、大事なお客が待ってるぞ」
「え~、部屋行こうよ~」
「お前……紡希の友達を蔑ろにする気か?」
しかも、結愛への憧れを隠そうとしない、お前のファンだろうに。
「ん~、じゃあしょうがないか。ガマンするね」
やっぱり結愛に言うことを聞いてもらうには、紡希のことを思い出させるのが一番みたいだな。
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