第16話 闘いの聖地と日常系の総本山が同居する異空間S道橋編 その1

 授業中のことだった。


 その時間は現国の授業だったのだが、国語の授業の存在意義がいまいちわからない俺としては、休憩も同然の退屈な時間だった。どうせテストでは作者の気持ちを考えさせられるんだ。今は自分のことだけを考えさせてくれ。


 そう思いながらも、優等生の俺は内職にうつつを抜かすことなく、きちんと授業を受けていた。


 その一方で、思いっきりサボっているクラスメートがいる。


 隣の席の桜咲さんだ。


 机で隠したスマホを、真剣な表情でいじっていた。

 そんな桜咲だが、突然顔色を変える。


「これは……!」


 なんだよ。椅子に電気が走ったみたいな顔をして。


「……パレハ! パレハ!」


 このスペイン語……どうやら俺に向けて話しかけてきているらしい。


「……なんだ?」


 どうやら桜咲からパレハ(仲間)と思われているらしいとわかった俺は、あくまで視線を黒板から外さないまま応じる。


「これ! これ! 見なさいよ!」


 小声を維持したまま叫ぶ桜咲は、MINEを使ってメッセージを飛ばしてくる。


 授業中にスマホを出させようというのか、お前は。これじゃ俺までサボりの共犯になってしまうのだが、無視したら後でグーパンチから逆水平チョップのコンボが飛んできかねないから言われた通りにするよ、仕方ねぇな……。


 ポコッ、と表示されたアドレスを踏むと、メジャープロレス団体朝日プロレスの公式サイトに繋がる。


 サイトのトップにある、ニュース・トピックの見出しを目にした時、桜咲がどうして表情を変えたのかわかった。


「……『名雲弘樹ミニ展示会、緊急開催決定!』」


 記事には、こんなことが書いてあった。

 

 ――アメリカ遠征も決定し、海外にまで名声を轟かせる名雲弘樹ファンのためのイベントが緊急開催決定! 過去に着用したコスチュームやガウンの他、今や入手不可能なレアグッズなどなどを展示! みんなでレジェンドの歴史を一挙に振り返りましょう! 本日の夕方、S道橋の闘神ショップにて開催!

 

 そういえば、親父がなんかそんなこと言っていたような。親父ゆかりの品なんて普段見慣れているから、俺は特に気にも留めなかった。なんならうちの空き部屋に眠っている見本品も引き取ってくれ、と思っているくらいで、ありがたみは感じない。


 ちなみに親父は昔から、ビッグマッチになればなるほど観客に大きな驚きを提供する試合や演出をすることから、「サプライズ男」と呼ばれていて、その縁で、前々からきっちり計画されていたイベントだとしても頭に「緊急」がついて発表されることが多かった。なんだか小賢しいよな。


 桜咲にとって名雲弘樹は推し推しの推しだから、わざわざS道橋まで出かけるんだろうなー、と他人事のように思っていると。


 桜咲から、続きのメッセージが飛んできた。


『今日!』

『放課後付き合って!』

『名雲ファンとして、外せないでしょうが!』


 誘ってくれるのはありがたいが、エクスクラメーションマーク多すぎて鬱陶しいな。そのうち名前にも付けちゃうんじゃないだろうな。桜咲瑠海! みたいに。


『先着で購入特典のトートバッグ配ってるんだよ!?』

『こんなの秒殺に決まってるでしょ!』

『学校終わったらすぐ行かなきゃ!』


 俺は別に欲しくないけどなぁ。


 桜咲は親父の熱狂的なファンなのだが、俺がその名雲弘樹の息子だとは知らない。ていうか、教えたらとっても面倒なことになるから、永久に秘密にするつもりだ。


 そんなわけで、名雲弘樹に詳しい俺を、桜咲は自分と同じく熱心なファンだと勘違いしているのだった。


 真実がバレないように、俺は極力桜咲と行動を共にするようなことはしたくない。

 だが……俺にとって敵か味方かわからないポジションにいる桜咲は、陽キャグループの一人ながら、その趣味を仲間内には打ち明けられていない孤独を抱えていた。


 それは親友の結愛に対しても同じで、以前その悩みを俺に教えてくれたことがあるから、この手の話になるとあまり無下に扱うわけにもいかないのだ。


 俺はぼっち歴が長いから、わかり合える人間がいない苦しみは理解できる。


 結愛関係のことではまだまだ俺への当たりが強い時もある桜咲に媚びを売るわけではないが、俺にできることがあるのなら力になってやりたかった。


【わかったよ】


 俺は、あくまで素っ気ない素振りの返事をした。


 今日は確か、結愛は名雲家に来ない日だ。

 紡希を一人にするのは心配ではあるが、最近は結愛のおかげもあって精神的に落ち着いているし、それに、毎日のように直帰していると、また紡希からぼっちを心配されてしまうからな。たまには、『友達と遊んでくるわ』と言ってやった方が、紡希を安心させるという意味ではいいかもしれない。


『ありがと! お礼にドームにある例のハンバーガーおごるから!』


 よほどはしゃいでいるのか、スタンプが乱れ飛ぶ。いっぱい買ってんなぁ、リキのスタンプ。


 まさか敵対していた人間におごられることになるとは。このままベビーフェイスに転向してくれるといいんだけどな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る