第17話 闘いの聖地と日常系の総本山が同居する異空間S道橋編 その2

 夕方になる。


 俺たちは、S道橋の駅で降り、漫画の殿堂を掲げた出版社をチラ見しながら反対方向の横断歩道を渡り、朝日プロレス関連のグッズ専門店である闘神ショップを目指した。


 普段から賑わいを見せているのだが、この日は店の外まではみ出るほどの列が出来ていた。


「マジか……あんなに人が……」


 予想外の人混みの気配に、入店する前から疲労を感じてしまう。


 おそらく、あそこに並んでいるのは、桜咲と同じく名雲弘樹目当てのお客だろう。俺の家の保管庫で見かけたことのあるTシャツを着ているヤツがちらほらいるし。……ただの展示会で、親父が来店してサイン会をするわけでもないのに、なんでそんな気合入れてるんだ? アーティストのライブじゃないんだぞ。


 なんで親父って、あんな人気あるんだろうな。

 家にいるあいつは、ただのデカくて豪快なおっさんなんだけど。


 そんな正体を知らない女子高生が、隣で目を輝かせていた。


「同志が……同志がいっぱい!」


 桜咲は今にも泣き出しそうな勢いで感動している。


 まあ、趣味を分かち合う相手がいないことを悩んでいる桜咲としては、親父目当てで並んでいる人間は全員味方なわけで、そりゃ感動くらいするか。


 今日だって、結愛に『名雲くん借りるね!』と宣言したはいいものの、何の用事で行くのか、という肝心な理由については話せなかったからな。おかげで俺が、『ちょっと桜咲さんがほしいものあるって言うから、付き添いで』とフォローしないといけなかった。そのせいで、『へー、瑠海とお出かけするんだー、いいね』なんて、穏やかな表情に圧を滲ませた怖い結愛を目の当たりにするハメになったのだから、桜咲も俺に対する感謝はするべきだと思う。


「なにもたもたしてんの! 早く行かないとなくなっちゃうでしょ! あいつらを蹴散らす勢いで、力で行くんだよ、力で!」

「お前、さっき同志とか言って感動してなかったか?」


 欲に負けて早速味方を裏切ろうとする桜咲に冷めた視線を向けるものの、猛牛桜咲は構う様子を見せない。


 列に突進する勢いの桜咲と違って、たんなる付き添いで特典になんか興味がない俺は、ゆっくり歩いて列に並ぼうとした。


「今しかないぞ! 今しか!」


 数量限定の特典が失くなってしまうのではと焦る桜咲は、とうとう俺の手を引っ張り始める。強引ながら、桜咲の手が触れているわけで、相手が猛牛だと言うのになんだかドキッとしてしまったのが悔しかった。


 列に並ぶ顔ぶれは、やはり男性が多かった。親父のファン層はオッサ……男性が多いのだ。しかも、信者レベルで熱心にファンをやっている人間が多い。これは昔、親父にはファンの間で「最強」説が流れたせいだ。団体サイドもファンの期待を感じ取って、一時期『最強の男・名雲弘樹』というキャッチコピーで売り出していたらしい。


 女性ファンもいないではないのだが、それでも現役JKでアイドル顔の桜咲みたいなファンはレア中のレアだろう。親父が知ったら絶対調子に乗って鬱陶しいから、桜咲のことは何が何でも教えないようにしとかないとな。


 そんなむさ苦しい列に並ぶ高校生2人は、やはり浮いていた。


 年季の入ったファンもいるようで、俺が生まれる前、もっと言えば、まだ結婚すらする前の親父のエピソードも聞こえてきて、妙な気分になった。息子の俺よりも親父を知っている人間がいるのは複雑だ。別に、名雲弘樹は俺の父親なんだからね! みたいな変な嫉妬心があるわけじゃない。


 俺が生まれた時点で、名雲弘樹は俺の父親だから、それ以前の親父の姿は、限りなく未知の存在だ。

 

 改めて、父親が有名人なことに不思議な感覚を覚えながら、俺は桜咲の様子が気になっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る