第14話 シットダウン式嫉妬 その2
二人がけのソファだ。座り直せば密着状態も解けるわけだが、ここで離れると結愛を怒らせそうな気がして動けなかった。
一方の結愛も、動きがない。俺と肌が触れ合っている状態でも離れようとしないということは、もはやそれほど機嫌は悪くないようだ。
膠着状態をぶち破ったのは、結愛だった。
「別に私、瑠海にも慎治にも怒ってないし」
そっぽを向く結愛だが、頬には朱が差していた。
「じゃあ露骨に不満そうだったのはなんでだよ?」
「これは……私自身へのイライラだよ」
お、おう……と俺は答えるしかなかった。
自分勝手なイライラを……わざわざ人の家で……?
「瑠海は親友だし、慎治と隣同士の席になったなら全然話したっていいし、慎治が教室でもぼっちじゃなくなるんだから、いいことばかりのはずなのに……」
結愛は、空いた左手の人差し指をこめかみに突きつけて、う~ん、と難しい顔をしたと思ったら。
「なんかもやもやしちゃうんだよね」
恥ずかしそうに、結愛が微笑んでみせる。
すると今度は俺の左手に手を重ねるだけでは飽き足らず、身を乗り出して俺の肩に顎を乗せ始める。
結愛の吐息が首筋に当たり、俺は勝手知ったる自宅にいるというのに落ち着かない気分になった。
「私、慎治を独占できないと嫌な人みたい」
耳朶に息を吹きかけるように、結愛が言う。
ただ、声のトーンは本気ではなく、楽しんでいるような感じがあった。俺はもはや、肩を結愛の顎に奪われて首を動かせない状況にあるから、どんな表情をしているのかわからないのだが、絶対に例のからかいモードに入っているに決まっている。
からかいモードの結愛は俺が困れば困るほど快楽を感じるという仕組みになっている。ここで露骨に緊張してみせたら、結愛にエサを与えるようなものだ。本気に受け取るんじゃないぞ、俺。
こんな俺だけど、結愛にやられっぱなしでいるわけにはいかない。
「残念だが、俺は紡希に独占されているんだよなぁ」
「じゃあ、慎治と紡希ちゃんのセットで」
「セットで注文してお安く頂こうとするな」
「ていうか慎治ってば、手汗出まくりじゃん~」
ニヤニヤする結愛が、自分と繋がっている手を俺の目の前に掲げる。
「どんだけ緊張しちゃってんの、ウケるんだけど~」
いくら強がっても分泌液までコントロールすることはできなかったか……と肩を落としかけたものの。
「いやこれ……結愛のも混じってない?」
俺は、結愛から一旦手を離し、手のひらの匂いを嗅いでみる。
「俺の汗がこんないい匂いのわけがない」
手に取ることすら拒絶されそうなラノベの長文タイトルみたいなことを口にした時、俺は自分がとんでもなくキモいことをしたと気づいてしまう。
「ふーん、じゃあ私の手の方には、慎治の匂いがくっついちゃってるかもだよね」
結愛はキモがるどころか、俺の手のひらを興味深そうにじっと見つめていた。
「でも私、慎治の汗の匂いとかわかんないなぁ」
「永遠に知る必要のないことだな、それ」
「いいじゃん、せっかくだし教えてよ」
口頭でどうやって説明すればいいんだよ、印象悪くするような表現しかできないぞ、と考えていると。
俺の首筋に、結愛の鼻先が近づいてきた。
「慎治の匂いだね」
結愛は、鼻先を押し込むくらい首筋に強く当てたまま、一向に身を引く気配がない。
俺は何も言えなくなっていた。
どう動くべきなのかもわからない。
「まー、前に嗅いだことあるから、知ってたけど」
以前、結愛が名雲家に泊まった時に、布団が隣同士になった都合上、添い寝状態になってしまい、密着したまま一夜を過ごしてしまったことがある。
じゃあわざわざ確認しないでもよかっただろ、と正当な反論をする力すら、俺にはもはや残っていなかった。
「やめろ……恥ずかしいから」
このままでは、思考力がゼロになって脳からシワが消滅しそうだ。
「やだよ。……だって、瑠海は慎治の首筋の匂いなんか知らないじゃん」
そんなことで桜咲と張り合わなくてもいいだろうに。向こうは俺の匂いなんぞ、クサそう、で済ませるだろうよ。
紡希不在のリビングで、美少女ギャルにひたすら匂いを嗅がれる俺は、しばらくの間背中がカチコチになるくらいの緊張状態を強いられた。
ようやく冷静さを取り戻せたのは、時計の針の音が聞き取れるようになった時だった。
こうしてはいられない。このままでは、夕食の時間が遅れてしまう。
「俺はペットじゃない!」
紡希にひもじい思いをさせたくない一心で、ようやく反撃するだけの力を取り戻すことができた俺は、勢いよく立ち上がった。
「え~、もっといいじゃん~。吸わせてよ~」
「やべぇ薬を吸引したみたいな言い方するな」
「慎治キメさせて~」
「それだとまるで俺が非合法みたいだろうが」
法律はもちろん、校則すらしっかり遵守している遵法意識の鬼である俺をナメるなよな。
なおも寄ってこようとする結愛から逃れるように、俺はキッチンへ向かう。
「ごはんつくるの? 私も手伝うよ」
変態的な一幕はあったものの、すっかり機嫌が良くなったらしい結愛までついてきて、俺たちはキッチンで隣同士、並んで立つことになるのだった。
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