第13話 シットダウン式嫉妬 その1
隣の席の桜咲さんより厄介だったのは、放課後の結愛だった。
「むすぅ~」
結愛は、露骨に不服そうなムスッとした顔をしながら、リビングのソファで腕を組んだ上にあぐらをかいていた。
「シンにぃ、結愛さんどうしちゃったの?」
リビングを見渡せるシステムキッチンの前にいた俺のところに、紡希が不安そうにして寄ってくる。
「ぷんぷく!」
紡希の声が耳に入ったからかわからないが、結愛はフグみたいに頬をふくらませる。
本当に機嫌が悪いのか、それともふざけているのかわからない態度である。さっきからあの調子でコミカルなので、我が家の空気が悪くなることはないのだが、このまま放っておいたら結愛のキャラがおかしなことになりそうだ。
「いや、ちょっとな……」
結愛があんなことになっているのは、おそらく席替えのせいだ。
結愛には、隣同士の席になった俺と桜咲は、休み時間になるたびに仲良くじゃれ合っているように見えたらしい。校内では結愛よりいくらか気安い存在とはいえ、桜咲も美少女には違いないので、あまり距離が近いところをクラスメートに見られないようにしていたから、仲睦まじくしているようには見えないはずなのだが。
「シンにぃ~、結愛さんがどうしてあんなことになってるのか教えて~」
紡希は、俺の両肩を掴んで、目の前でぴょんぴょん跳ねる。艶々で柔らかそうな黒髪まで、それ自体が生命を持っているみたいに躍動していた。
俺は、紡希の不安を和らげるために心当たりを教えることにした。ヤンキーと交流があると勘違いされると困るから、ピンク髪だということは伏せたけどな。ちょっと活発な女の子、程度の情報に留めておいた。
「えっ、シンにぃって教室でお話する女の人がいるの?」
「ああ、今日隣の席になったから、それで」
「すごい! シンにぃ、教室でお話できる友達つくれたんだね!」
人によっては、バカにされている、と感じるかもしれないが、俺からすれば紡希が褒めてくれるなら素直にお褒めの言葉として受け取るというもの。その証拠に俺の胸は今、ぽっかぽかになっている。承認欲求爆上がりよ。
「俺だって、紡希にとっていい兄貴でいたいから、その辺の努力はするさ」
もっとも、桜咲と関わるようになったのは、たまたま桜咲のプロレス趣味に付き合えたからなわけで、俺の努力によるものではない。まあ桜咲と紡希が関わることはないだろうし、ここは紡希の株を上げる選択をしておこう。
「それなら、今度わたしが家に友達つれてきても、一緒にお話できるね!」
「おいおい、いくら俺だって年下相手に挙動不審にはならないぞ?」
ていうか俺、そこまで話せないヤツと思われていたのか……紡希は素直すぎてちょくちょく俺のメンタルを削ってくる時があるな。
まあ、紡希が名雲家を『家』として認識してくれていて、仲のいい友達を呼べるくらい気楽な場所に思ってくれているらしいことは正直嬉しかったから、俺の心はほっこり成分の方が上回っちゃうんだけどな。
「……あ、そうだ、その仲良しな子は女子だよな?」
俺にとって、そして、紡希の身の安全上とても大事なことである。
「そうだよ?」
不思議そうに首を傾げる紡希を前にして、俺は心の中で拳を突き上げた。
「そうだシンにぃ、今日はお祝いにサクサク衣をまぶしたとんかつにしてあげる!」
「ありがとうな。でも紡希は料理できないから、つくるとしたら俺か結愛だからまた今度な」
手間が増えちゃうんだよなぁ。ていうか、たんに紡希が食べたいだけじゃない? 紡希は食べざかりだから結構食うんだよな。結愛ほどじゃないけど。まあ、食べないダイエットを努力と言い張って偏った食生活をするよりはずっと健康的でいいけどさ。
「ぷんすかぷん!」
ソファの方から不思議な鳴き声が聞こえる。
両手を突き上げた結愛が、左だけ膨らませた頬を今度は右にしたり、かと思ったらまた左にするなどしている。
どうも結愛は、先程から俺たちの会話に耳を澄ませていたようで、自分から話題が逸れていることに不満なようだ。
もはや放っておいても問題なさそうだが、放置されたことに腹を立ててガチギレする可能性もゼロではないので、手早く紡希に続きを話した。
「でも、結愛さん以外の女の人と仲良くしちゃってるってことは、結愛さんがああなっちゃった理由なんて決まってるよね」
紡希の瞳が輝く。
「結愛さん、その友達に嫉妬しちゃってるんだよ。シンにぃを取られちゃったみたいに思って!」
やたらと嬉しそうな紡希である。
「嫉妬ってお前、結愛が嫉妬するわけないでしょうが」
などと否定するも、恥ずかしいことに頬が緩んでいる感覚がある。まあ、嫌われるよりは、好意を持たれているからこそ独占欲を発揮される方がいいからな。
「シンにぃったら、だらしない顔してるんだ」
紡希は俺の頬を手のひらでこねて顔面の調律を済ませると、俺の体をくるくる回し、背中を押してリビングへと向かわせようとする。
「ほらほらシンにぃ、今なら結愛さんともっともっと仲良くなれちゃうよ?」
文字通り紡希に背中を押されている俺は、片膝を立てて任侠な雰囲気を出して座る結愛に声を掛ける。
「なぁ、結愛……」
「なぁに?」
未だフグみたいな顔をして見上げてくる。
「オレ、オマエガスキ! イチバーン!」
「おい紡希、やめろ。裏声使って腹話術人形にするな」
真後ろにいる紡希が、俺の手を勝手にふらふら動かしていたのだ。
あと裏声の声音が、ハハッ! のネズミみたいに聞こえるから、本当にやめろ。
「慎治、なにか言いたいことでもあるの?」
言わせたいのか言わせたくないのかわからないくらいの圧を放ってくる結愛。
「いやー、桜咲さんとは……」
別になんでもないんだよな、と言おうとして、止まってしまう。
だから嫉妬しないでね、と言うわけにもいくまい。逆に怒らせてしまいそうだ。
「ねーえ、結愛さん」
俺の脇から、紡希がひょっこり顔を出す。
「学校でシンにぃの隣の席になれないなら……うちの中で隣の席になればいいよ!」
「おい紡希……」
俺が抗議の声を上げるよりも早く、紡希は2人がけのソファまで俺と結愛の手を引っ張っていき、そこへ押し込んだ。
2人がけのソファながら、互いにちょうどど真ん中になる位置に座らせられたせいで、俺と結愛の腕と腿がぴったりくっついてしまう。
「あとは2人でごゆっくり~」
スキップするみたいな軽やかな足取りの紡希は、一旦リビングを出た後、ひょこっと顔を出す。
「あ、いちゃつくのもいいけど、夜ごはんは間に合うようにしてね?」
言いたい放題の紡希が2階へ駆け上がっていく音がする。
とうとう結愛と2人きりになってしまった。
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