第4話 プ女子の警告 その3

 それから俺は、夕方になるまで教室に残り、桜咲のプロレス欲の解消に努めていたのだが。


「あ、でも勘違いしないでね」

「なんだよ急に……」


 スンッ、って真顔になるなよな。


「瑠海はまだ結愛っちと名雲くんが付き合ってること、認めたわけじゃないから!」


 ふんす、と鼻息荒く、桜咲が胸の前で腕を組んでふんぞり返る。


「また混ぜっ返してくるのか……」


 プロレスという共通項により、以前よりずっとフレンドリーになれたものの、実は結愛を巡る抗争は終わっていないのだ。


 桜咲は、俺と結愛に深い関わりがあることを学校内で唯一知る存在で、俺たちを『恋人同士』だと思っている。以前、俺を『結愛の彼氏』として不適格と考えた桜咲は、俺たちを別れさせようとしたことがあった。


 喫茶店に呼び出されての一騎打ち状態になったものの、俺は桜咲が納得の行く答えを出せていなかった。たまたま俺が桜咲のプロレス趣味を理解できたことで、趣味仲間を欲していた桜咲の態度が軟化しただけのこと。


 そもそも俺と結愛は付き合っていないのだ。本当のことを話せば桜咲は納得し、このいざこざも解決なのだが、結愛の親友という立場上、何らかの拍子に紡希と関わり合いになって真実を吹聴されたらマズいことになる。


 結愛とのことは、俺たちだけの秘密にしておかないといけない。


「結愛っちが瑠海と同じくプロレス大好きなら、相手が名雲くんでも納得できるんだけどー。結愛っちはそうじゃないし。なんで相手が名雲くんなのか、まだわかんないんだよね」


 腕を組んだ桜咲は、むむむと渋面を作り、俺を見る。


「ぶっちゃけ、プオタ要素抜きにした名雲くんって……しょっぱいし」


 しょっぱい。それは、観客を熱くさせるような試合ができないプロレスラーを指す侮辱の言葉……。今じゃ別のスポーツでも使われることがあるけれど、どちらにせよいい意味で使われることはない。


「しょっぱいってお前……どれくらい?」

「うーん、例えるなら……ビッグ・パパ・パンプ?」


 とんでもなく侮辱的な例を出されるが、ここで怒るわけにもいかない。自分の塩分の濃さを認めるようなものだ。沈まれ、俺。頭の中で腕立て伏せをして気を落ち着けるんだ。


「……わかったよ。入場するのに警報鳴らさないし、鎖帷子みたいな頭巾は外すし、ヘッドギア付けた兄貴呼んでくるから、それならいいだろ?」

「名雲くんはさー、その鎖帷子がここにくっついてるんだよね」


 桜咲は、右手を拳にして、とんとん、と左胸を叩く。


「名雲くんは、まだ結愛っちに壁つくってるところがあるんじゃない?」


 見てないから知らないけどさぁ、と桜咲は寂しそうな表情を垣間見せながら、右の拳を頭上に掲げた。


 俺は桜咲の拳に自分の拳を合わせてやりながらも、その指摘に耳が痛くなってしまう。


 俺と結愛は……付き合っているわけではない。結愛は、友達と言うには近すぎる距離感になることがあるが、それは結愛なりの親しさの表現に過ぎず、俺の方から似たようなことはできなかった。俺が結愛と同じことをすれば、それこそ『恋人同士』になってしまうからな。


 結愛との関係性が曖昧なせいで何かと戸惑うことが多く、そんな俺の振る舞いが、桜咲からすれば『付き合っているのに冷たい態度を取るヤツ』に見えて、不満に思ってしまうのだろう。桜咲の前では、結愛のことは未だに『高良井さん』呼びだし。


 桜咲は、品定めをするように上から下へと視線を移すと、大きくため息をついた。


「あとやっぱり、結愛っちの彼氏は身長180センチ以上あって体重100キロ超えの筋肉質なヘビー級男子であってほしいし……」

「それ桜咲さんの好みだろ……」


 別に俺、桜咲と付き合ってるわけじゃないしな。


「名雲くんって170ちょっとじゃん? ヘビーは無理でしょ」

「ワンチャン石◯ちゃんになれる可能性はあるだろうが」

「名雲くんは◯井ちゃんみたいに気が強くてガッツがあるタイプじゃないでしょうが。よーするに結愛っちを守ってくれるくらい強い人がいいの」


 ぐうの音も出ない。俺は、強くはないからな……。

 結愛を守れるように、という条件なら、別に体格に物を言わせるだけが強さではないと思うのだが、だからといって精神面の強さに自信があるわけでもない俺は何も言えなかった。悔しい。


「だからー、瑠海としては、やっぱまだ結愛っちと名雲くんが付き合うのは反対かなって」

「……じゃあ、この前言ってたみたいに、本当にクラスの連中に『あの人たち付き合ってるよ』って話して回るのか?」


 以前桜咲は、釣り合いが取れていないカップルだと喧伝してクラスメートのヘイトを向けて別れさせる、という方法を取ろうとしたことがあった。


「しないよ」


 はっきりと、桜咲は言った。


「名雲くんのこと、結愛っちの彼氏としては認めてないけど……瑠海の友達だもん。いくら瑠海だって友達が悲しむことはしないよ」

「友達……」

「あっ! 別に深い意味なんてないんだから! 前も言ったけど、名雲くんは瑠海のプロレス欲を解消するためだけにいるようなものだもん! 人間として見てないんだからね! そう、あんたなんか◯シヒコなんだから!」


 顔を真っ赤にする桜咲が、ピンク色のツインテールと拳を振り回す。


「いや、たとえ俺が桜咲さんにとって取るに足りない空気人形だろうと……『友達』と呼んでくれた、それだけで俺は嬉しいんだ」

「えっ、うそ? 目ぇ潤んでない……? あんた今までどれだけぼっちだったの……?」


 桜咲から驚愕されてしまう。お前にはわからないだろうな。どうせ小学生の頃からスクールカースト最上位層の生活を謳歌してきたのであろう陽キャには、俺の悲しみはな……。


 俺の境遇を勝手に想像して同情したらしい桜咲は、慌てふためきながら。


「わたしだって、妹に『お姉ちゃんは趣味のことになると周りが見えなくなるから、付いていける友達がいるか不安だよ……』って余計な心配されてぼっち扱いされることあるんだから。うちらみたいなプロレス者は、理解されないものなの。だから、あんたも元気出しなさいよ」


 へえ、桜咲って妹がいるんだ、などと思いつつ、俺は桜咲のフォローが嬉しかった。


「でも、結愛っちが困っててもあんたが自分のことしか考えないんだったら許さないけどね」


 今度は厳しくなる桜咲。

 やはり親友のこととなると、その相手にはしっかりしてほしいと思うものなのだろう。

 結愛との関係性は、俺からすればまだまだ曖昧なのだが……少なくとも、結愛が悲しむようなことはするまい。散々世話になったんだからな。


 結局桜咲は、手心を加える気はないようだ。

 今日は桜咲が友達扱いしてくれただけでも、よしとするか。

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