第5話 できればずっと、ホラー耐性がないままでいてくれよな

 桜咲のせいで、改めて結愛との付き合い方を考えないとけなくなった俺は、ぼんやり自転車を漕ぎながら家に帰った。


「ただいまー……」


 うわの空のまま、機械的に帰宅の挨拶を口から吐き出す。


「シンにぃ、おかえりー」


 俺を呼んだのは、肩を超す程度の長さの黒髪に艷やかな円を浮かべた、天使のように可愛らしい小柄な女の子だった。


 俺の義妹である、紡希だ。


 先に帰っていたのだろう。玄関までやってきた。

 結愛のおかげで、俺と紡希の間に漂っていたぎこちなさが消えてから、こうしてお出迎えをしてくれることはそう珍しくないのだが……。


「ほら、早く入って入って」


 俺の腰にまとわりつく熱烈なお出迎えをされるのは初めてだった。

 やたらと人懐っこい紡希の顔をじっと見ていると、笑みに後ろめたいものが混ざって見えた。


 そして、リビングのテレビに映っている、おどろおどろしい絵面。


「……紡希、だから1人でホラー鑑賞はやめなさいって言ったでしょうが」


 紡希は大のホラー映画好きなのだが、怪物に追いかけられたり血がドバっと出まくったりするフィジカルなタイプの洋モノホラーは得意でも、心霊現象的な和モノのホラーは苦手なのだった。異形の怪物やスプラッタは大げさな分フィクションとかんたんに割り切れるが、心霊系は実際にどこかで遭遇するのでは? と疑う恐怖があるからな。俺も、どちらかと言えば苦手だ。


 その手のホラーを観る時は、いつも俺を隣に置いていたものだが、1人で観ようとしたのは紡希なりに成長したい意思の現れなのかもしれない。


「そんなことないよ! 苦手なのなんか、ないし!」


 頬を膨らませた紡希は、俺の胸に頬を押し付け、ぷひゅっ、と息を吐き出す。


「そうだよな、紡希は貞◯も呪◯の白いガキも全然怖くないもんな」


 紡希は、と~っても可愛いのだが、少々見栄っ張りなところがあって、身内の俺相手でも背伸びをしようとする。


 そんな紡希の態度は、あえて年齢以上に大人であろうとすることで、母親を失った悲しみを乗り越えようとしているようにも見えたので、注意する気にはなれなかった。


 ぼっちな俺と違って、紡希は友達がいるちゃんとした学校生活を送っているから、見栄を張ったところで人間関係に失敗することはないだろう。


 俺は紡希に手を引かれて、リビングまで向かう。


「怖いからじゃなくて、シンにぃをお出迎えしたい気持ちでいっぱいになっちゃっただけなんだから」


 俺をずんずんリビングへと引き込みながら、紡希が言う。


「はいはい、サンキューな」

「シンにぃが観たいと思って、いいところで一時停止して待ってたんだよ」

「そうだな。ホントにいいところでストップしたな」


 リビングにあるワイドなテレビに目をやると、長い髪の白装束の女が画面の端にちらりと現れそうになったまま、一時停止されていた。あとちょっと一時停止が遅かったら、白装束女のどアップを目にすることになっただろうな。


 やっぱり怖がってるんだろうなぁ、と内心でニヤニヤしながら、俺は紡希の隣に腰掛けることになる。


「今日はわたしがいてよかったね。シンにぃ1人だったら、怖かったもんね」


 いつの間にか、紡希の中では和モノホラーが苦手なのは俺の方に設定されているようだ。

 その割には、紡希は俺の腕にしがみついているんだけどな。


「ああ。紡希がいてくれてよかったよ」


 これは紛れもない本心である。


 もし紡希が名雲家に来ていなかったら、俺はずっとぼっちのままだった可能性があるからな。


 そして……結愛と関わることだってなかったかもしれない。

 紡希のことで悩んでいると告白する機会がなかったら、結愛も俺に興味なんて持たなかっただろうな。


 まあ紡希は、母親を亡くしたから名雲家へ来ることになったわけで、ここで俺が幸福を感じるのは不謹慎ではある。だから、うちに来てくれてありがとう、と紡希に言うことはできなかった。こうして遠慮するあたり、俺はまだ、紡希と完全に打ち解け合ってはいないのだろう。どの程度まで踏み込んでも許されるのか、十分に把握できていないわけだからな。


 大迫力の大型テレビに流れているホラー映画は佳境を迎えていた。


 俺はいい加減、制服から部屋着に着替えたかったし、夕食の準備もしたかったのだが、紡希は俺の腕にしがみついたまま離れそうにない。


 今後紡希が俺を煙たがるような難しい時期に突入したら、和モノホラーを差し入れれば結愛に頼らずとも解決できるのでは? と、安直なことを考えてしまうのだった。

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