第6話 俺の教え子が手を出そうとしてくる その1

 7月に突入していた。


 前後期制のうちの学校では、7月に期末テストがある。


 みんなが楽しみにしている夏休みの前に立ちはだかる、最大の敵だ。


 まあそれは、一般生徒にとっての話。年中勉強していて、テストの成績がいいことをアイデンティティにしている俺にとっては腕の見せ所なので、憂鬱どころかワクワクしている。


 校内最強の勉強民族、それが俺だ。


 今度こそ、学年1位を取る。俺は燃えていた。

 勉強の虫ことスタディWORMの俺だが、学年で1位を取ったことはなかった。

 1位にいるのは、今年度の会長選で当選することは確実な優等生だ。


 だからといって、負けっぱなしなのも悔しいので、ここらでヤツをぶち抜いて学年1位の座をモノにしておきたい。「学年2位なのに生徒会長w」と、秋の会長選で当選した暁には、心の中で煽ってやろうという密かな楽しみを持っていた。まあ、そいつとは面識はないのだが。


 まだテスト本番まで猶予はたくさんあるけれど、早めに始めるに越したことはない。


 よーし、頑張るぞ~。


 なんて気合を入れて勉強に集中するべく、自室の机にかじりつき……たかったのだが。


「ねー、慎治~。ここってどうやって解くの?」


 殺伐で孤独な戦いである勉強の空気にそぐわない、甘ったるい声が響く。


 折りたたみの丸テーブルには勉強道具が広がっていて、カーペットに座る結愛がそこにいた。


 制服姿の結愛は、シャーペンの尻で、設問が載った部分をとんとん叩く。


「……そこ、さっきも教えただろ?」

「一回じゃわかんないってば~」


 シャーペンを鼻と唇の間に挟む結愛に、テストに挑む緊張感めいたものはどこにも見当たらない。


「もう1回教えて?」


 ニヤニヤしながら、結愛が俺を見上げる。


 俺は学習机の椅子に座っていて、床にいる結愛とは高低差がある都合上、見下ろすかたちになると結愛の胸元が危ういところまで見えてしまう。


 元々俺は、今回も1人で勉強するつもりで、結愛の家庭教師役をする気はなかった。


 だが、試験範囲を知らされたその日の昼休み中、勉強を教えてほしい、と結愛から泣きつかれたのだった。


 結愛の外見や性格から、俺は勝手に結愛が勉強ができないタイプと思い込んでいたのだが、どうやら成績はそう悪くないらしい。過去の成績を教えてもらって知った。

 ただ、科目によって大きくムラがあった。文系科目は平均点超えを連発できるのに、理数系は赤点スレスレだそうだ。それでも、今まで赤点を取ったことはないらしい。


 極端に成績にバラツキのある結愛だったが、俺は好感を持った。

 文系科目は、暗記しないといけないから、コツコツと努力できなければ成績を伸ばせない。結愛は遊び歩いているように見えて、地道に積み上げる根気を持っているのだ。


 幸い、理数系なら解き方のコツや、試験に出そうな問題のパターンを覚えてしまえば、短い期間でも十分な成績を上げる余地がある。


 だから俺は、たとえ自分の勉強時間を削られることになろうとも、結愛の面倒を見ることにしたのだった。


 ……だというのに、結愛は俺が見る限り、真面目に勉強をしている様子はなかった。


 市販の問題集から、特に試験に出そうな箇所だけを抜粋した、俺独自の問題集を渡しておいたのだが、結愛は手を付けようとしない。


 これは厄介な生徒を受け持ってしまったぞ、と今更ながら後悔するのだが、1度引き受けた以上、ここで投げ出すわけにはいかない。もしかしたら本当にやる気がないのではなくわからないだけかもしれないし。紡希の件も含めて、普段は結愛に世話になっている身だから、俺ができることなら力になってやりたいしな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る