第41話 ホーリー嫉妬! その2

 昼休みになる。


 この時間が来るのを、どれだけ待ちわびたことか。

 俺は疲弊していた。


 授業中や休み時間中、2種類の視線をずっと浴び続けていたからだ。


 1つは桜咲のもので、昼休みに同好の士である俺と話すのを楽しみにしているらしい視線。これはまあ穏当な方なのだが、問題は結愛の方だ。


 結愛は、クラスメートの前では俺と関わりがあるのをバレないようにする、という約束を真面目に守っていたので、真相の説明を俺に直接求めない代わりに、ずっと疑惑の視線を向け続けていた。このせいで俺は相当消耗してしまっていた。


 そんなわけで、待望の昼休みである。


 クラスメートに見つからないように、俺と結愛は時間差で屋上へ向かうようにしていたのだが、そのルールを守らないヤツがいた。


「もう話していい? まだダメ? 名雲のチョップの響きが最高って話したいんだよー」


 桜咲瑠海という新顔である。


 廊下へ出た途端に、へらへらした顔で普通に話しかけてくる。

 俺は一刻も早く人気のない場所へたどり着くべく、早足になる。


「名雲くんったらー、早いよー」


 などと言って、俺の腕にしがみつく桜咲。刺激的な感触が腕を支配するのだが、今は構っていられない。


 少し後ろで、獰猛なオーラの発生源が俺を猛追しているのだから。


 とんでもなく長い道のりを歩いた気になって、屋上へ到着する。無言で解錠する結愛がひたすら怖かった。


 以前と同じく、フェンスがある囲いの縁に腰掛けるのだが、2人は俺を挟み込むように座った。


「なんで2人仲いいの? ねえなんで?」


 結愛が口を開く。微笑みの裏に狂気が張り付いていた。美女がピリピリしたオーラを発しているのが、これほど怖いとは思わなかった。ホラー映画で鍛えられていなかったら失禁しちゃってたところよ、これ。


「なーに、結愛っち、なんかヘンなこと考えてるの?」


 桜咲は、アイドル級に可愛いという評判を得るに至った根拠でもある笑みを浮かべているのだが、この状況だと煽っているようにも見えてしまった。


「別に、何も?」


 結愛は無表情を崩さない。怖い。


「名雲くんとは昨日、たまたま意気投合しちゃっただけだよ。同じ趣味の持ち主だったんだよね」

「同じ……趣味?」


 桜咲の発言に、結愛の首がぐりんと回り、こちらを向く。

 桜咲……プロレス趣味のことは結愛には隠したいんじゃなかったのか? なんでそんな地雷原を直進するような危ないマネを?


 俺としては、『実は桜咲は親父のファンなんだ。偶然昨日それを知って、ちょっと話した縁でこうなっているだけだ』と言えば済む話なのだ。親父を認めてくれたファンだから、俺も桜咲に義理立てしたかったのだが、結愛との信頼関係が崩壊するリスクまで背負いたくはなかった。


 言っちゃうぞバカヤロ。

 牽制の意味も込めて桜咲に視線を向けると、桜咲も、流石に攻めすぎた、と感じたのだろう。動揺が見えた。


「え~とね、結愛っち。趣味っていうのは……」


 瞳が反復横跳びする勢いで泳いでんよ。


「る、瑠海と名雲くんはね、同じ人を好きになっちゃった者同士なんだよ!」


 苦し紛れの発言は、これまた誤解を招きそうなものだった。

 桜咲は俺を親父のファンだと思っているのだろうが、俺は別に、不当に親父が批判されるのが嫌なだけで、特別親父を熱心に応援しているわけじゃない。


「同じ人を……?」


 混乱する結愛は俺と桜咲を見比べる。

 正直なところ、俺は俺自身の手でこんな茶番をさっさと終わらせたかった。俺にまで被害が来そうだからだ。


 ただ、結愛と桜咲は親友だ。趣味を打ち明けられないでいる、という桜咲の問題に俺が口を出すようなことじゃないんだよな。それは桜咲自身が解決しないといけないことだ。


 だから、俺がこの場でできるのは……保身しかない。


「そうだよなー、桜咲さん。俺も桜咲さんも、高良井さんのこと好きだもんなー」


 俺は言った。

 夢見がちだった桜咲がこちらを向き、何言ってんの? という疑問満載の顔をするのだが、わたしたち推し推しの推しな名雲弘樹のこと話してたんじゃん! などと訂正かつ告白する勇気はまだなかったらしく。


「だねー、瑠海たち、結愛っちのこと大好きタッグだもんねー」


 俺の話に合わせてくる。タッグ、はやめろよな、危ういな……。


「高良井さんが好きって趣味は共通してるもんな」

「そうそう、そういうとこ気が合っちゃうよね」

「じゃあ2人は、私を好きってことで仲良くなったの?」

「んふ。まあそんなとこかなぁ」


 結愛に桜咲が答える。


「だから、高良井さんも嫉妬することないんだぞー」


 なんつって、なんて語尾に付きそうなノリで俺は言った。結愛が嫉妬するなんて考えにくいもんな。


「嫉妬? してないよ」

「あんた、調子乗りすぎじゃない?」


 思わぬガチトーンで、結愛と桜咲という美少女2人の圧が両サイドから俺に迫る。


「正直スマンかった……」


 超至近距離にいるんだもん、謝るしかないよね。圧の強い美少女は怖かった。


「名雲くんっていつもこうなの?」

「たまーに調子に乗る時あるね」


 美少女2人による、俺クロスレビューが始まった。

 結局、この時点で桜咲がプオタの正体を明かすことはなく、俺は仲良し二人組の会話の聞き役になりながら弁当を喰らうという役割をこなしただけで昼休みが終わった。


 散々好き勝手言ってくれちゃってるけどさ、俺、ちゃんと桜咲の秘密は守ったからな。


 その辺、忘れないでいてくれよな……。

 まあ結愛の機嫌が戻ったから、いいけどさ。

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