第42話 ついに初遭遇、陽キャVS陽キャ その1
放課後、結愛が名雲家にやってきていた。
「いやいつの間に? って感じなんだけど」
リビングのソファに腰掛けた結愛は、隣に座る俺に体を向けて背もたれに体を預けながら、こちらにガンガン視線を浴びせてくる。
「何のことだ?」
「瑠海のこと。なんか急に仲良くなったよね」
結愛が桜咲のことを混ぜって返してくる。
どうやらこれは……昼休みの延長戦と行こうや、というつもりらしい。
「まあそういうこともあるだろ。俺だって全人類と仲良くなれない咎を背負って生まれたわけじゃないからな」
「相変わらず隠すねぇ。でも、慎治がそう言うなら、それでいいよ」
意外なことに、結愛からは怒りや不満を浮かべていなかった。
「だって、瑠海と約束しちゃったんでしょ? 黙っててね、って」
結愛には、桜咲から口止めされたことは言っていないはずなのだが。
「慎治ってそういう約束は絶対守ってくれる人だもん」
どういうことだろう。俺ってそんな誠実な人間だっただろうか?
「瑠海って、ほら、たまーにだけど、クラスの男子にキレちゃうときあるでしょ?」
たまに、どころか、俺からすればしょっちゅうキレてるイメージあるけどな。なんなら、キレましたか? と質問される前からキレてるまである。
「2人が何を好きなのかは知らないけど、瑠海を理解してくれる人がいてくれるなら、私はそれでいいんだ。瑠海って喜怒哀楽が素直な子だけど、そういうとこが誤解されて溝つくっちゃうときあるから。しかも私のため、ってことも多いし。だから、慎治がいてくれてよかったよ」
菩薩の笑みを浮かべた直後、表情の端に修羅が顔をのぞかせる。
「付き合ってるわけじゃないんだよね?」
「結愛は俺たちに恋人らしい雰囲気を感じ取れたっていうのか?」
「うーん、なんかそれとは違う感じだったけど」
「まああれだ、悪友みたいなもんだ。そういうポジションが一番近いだろうな」
イービルフレンドかぁ、などとわけのわからん造語を口にする結愛が、体育座り状態で尻でバランスを取りながら前後にゆらゆらする。
「でもさー、瑠海と慎治は2人だけで盛り上がれるからいいよねー」
拗ねるように結愛が言った。
「私たち、そういうのないじゃん」
確かに、桜咲みたいに他人に打ち明けることに慎重になるような趣味の話を共有したことはないな。
「だから私の膝貸してあげる」
結愛は、自らの膝を指差す。スカートから伸びる白い膝は今日も輝いて見えた。
「なんでそうなるんだ?」
結愛と2人だけで盛り上がれるような趣味の話はないかなぁ、なんて真面目に考えていた俺の純情を返してくれ。
「向こうが趣味の話で繋がるなら、こっちは体で繋がるしかないでしょ」
「言い方よ」
「ほらぁ、私の脚の感触が忘れられなくなってるんでしょ~? 我慢しなくていいんだよ?」
両脚を交互に動かして頭を付けるよう煽ってくる。足が床に着くたびに腿がふるんと揺れ、俺はそこから目が離せなくなってしまう。
こうなった時の結愛は俺の言うことなんぞ聞かない。
屋上での一件もあり、結愛の膝枕にハマりつつあるのは否定しようがない事実ではある。
俺が膝に頭を乗せると、すかさず結愛が頭をなでてくる。その心地よさに、断らなくてよかった、などとぼんやり思ってしまった。
すると、頬にそっと柔らかな感触が乗っかってきて。
「瑠海と仲良くするのもいいけど、私のことも忘れないでね」
直接耳に吹き込むように囁いてくる。
膝と胸で顔面をサンドイッチするという奇妙なジャベ(関節技)を食らう俺は、いま結愛がどんな顔をしているのか確認できなかった。
桜咲への印象が変わったとはいえ、すぐ忘れられるほど結愛の存在は薄くない。
変な心配をする結愛だな、と思いながら、俺は結愛の膝で飼い猫のようになっていた。
そんな時だ。
俺はすっかり忘れていた。
この家には、紡希以外にも帰ってくる人間がいることを。
リビングの扉が無駄に勢いよく開いた時に気づいても、もう遅い。
「慎治~、紡希~、スーパースター様のご帰還だぞ~」
立っているだけで暑苦しい男こと親父が帰ってきた。
こんなタイミングで帰宅しなくてもいいだろうに。
親父は先日K楽園ホールでの試合があったから、名雲家に帰ってきていたのだが、こうして結愛と対面するのは初めてだった。まさかこんなかたちで初顔合わせを迎えることになるとは。
親父は、一般的な父親よりずっとデリカシーに欠けた人間だ。
いちゃついているように見えかねない俺たちを前にしても気まずさで沈黙するようなことはなく。
「悪い悪い、外で待ってるわ! 彼女に毒霧吐き終えるまでゆっくり待ってるからな!」
こりゃいいもん見たぜ、とばかりに豪快に笑う。
なんて下劣なことを言いやがるんだ。結愛はそもそも本来の意味での毒霧がいかなるものかわかっていないからぽかんとしてくれているけどさ、意味がわかっていたら俺も親父も揃って嫌われてるところなんだからな。
リビングを出ようとする親父の勘違いと下劣発言を訂正させるべく、俺はソファを飛び上がるのだった。
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