第16話 左右を脚に囲まれる その1

 この日も、高良井が家に来ていた。


「あれ?」


 玄関に上がった高良井が天井に目を向ける。


「名雲くん、ここ電気切れかかってない?」

「キレちゃいないよ」

「いや、ほら」

「あっ、マジだ」


 高良井から改めて指摘されると、確かに廊下を照らす蛍光灯が時折チカチカと怪しげな明滅を繰り返す時がある。


「俺が替えとくから、高良井さんは紡希と遊んでていいぞ」


 俺は予備の蛍光灯を持ってくるべく物置へ向かう。

 高良井までついてきた。


「私も手伝うよ。名雲くん1人じゃ届かなくない?」

「脚立があるから平気だ」


 まあ親切心はありがたいけど、と思いながら物置にしている空き部屋に脚立を探しに行くも見当たらない。


「しまった。親父が持っていってそれっきりだったんだ……」


 すっかり忘れていた。


「お父さんが脚立を?」


 首を傾げる高良井のために、俺はこう説明した。

 俺の親父がプロレスラーだってことはもう言ったよな? 親父は契約の都合上、メインで試合してる団体以外でも試合をすることがあるんだが、以前インディーの団体で脚立を凶器&道具として使えるラダーマッチって形式で試合をしたことがあるんだ。まあ、普通なら団体の側で用意しそうなもんだが、インディー団体だけあってカネがないからって理由でわざわざ選手が持参することになったんだよ。親父はそういう変わったところで試合するのも大好きなんだ。長い間大手のメジャー団体でやってきたせいか、王道に飽きてるんだろうな。

 などと説明すると、高良井は逆方向に首を傾げた。


「脚立を使った試合? どんなの?」

「今度動画見せるから」


 とりあえず今気にするべきなのは、脚立の不在だ。

 親父は、ラダーマッチの試合に脚立を持ち出したはいいものの、そこでぶっ壊したせいで、我が家には脚立が不在なまま今に至っているのだ。こんなことなら、もっと早く買い直しておけばよかった。


「じゃあほら、やっぱり私が手伝った方がいいんじゃん。名雲くんが私を肩車してよ。私がそれつけるから」


 よし! そうしよう!


 なんて言えるわけがない。


 高良井を肩車するということは、つまり高良井の股の間に頭を通すということである。

 しかも高良井は学校帰りの制服姿だから、スカートに首を突っ込むことになるわけで……もし高良井が短パンやスパッツを穿いていなかったら、俺はまっすぐ立つことができなくなってしまう。


「……まだ持ちそうだし、今日はやめて別の日に」

「……シンにぃ、電気取り替えないの?」


 物置部屋に顔を出した紡希は不安そうにする。


 そういえば紡希は暗い場所が苦手なのだった。

 ホラー映画好きなくせにな。いや、ホラー好きだから、暗闇を意識してしまうのかもしれない。もしトイレに起きて廊下の明かりがつかなかったら……暗闇でぷるぷる震える紡希を想像するとかわいそうすぎていたたまれない気持ちになってしまう。


「わかったよ。俺、やる」


 紡希のためだ。背に腹は代えられない。

 俺はジャンル別に区分けされた棚から蛍光灯を引っ張り出した。


「親父が持っていったのが蛍光灯じゃなくてよかった」

「脚立だけじゃなくて蛍光灯も使うの?」

「そりゃ使うだろ。ほら、さっさと替えちまおう。面倒なことはすぐ済ませるに限る」

「面倒ねぇ、ふーん、面倒ねぇ。どっちのことかなー」


 不満げな高良井と一緒に廊下まで戻ってくる。


「まー、しょうがないよね。紡希ちゃんのためだもんね。名雲くん、その辺でしゃがんで」

「しょうがない、は、こっちのセリフだ。俺だって高良井さんなんぞを肩車したくないんだからな」


 俺は、とんでもなく照れくさい気持ちになりながら、高良井に背中を向けるかたちで身をかがめる。


 肩車、肩車、これは蛍光灯を取り替えるための、単なる作業なんだ。

 そう言い聞かせて冷静さを保ちながら肩車をする心構えを持とうとする。


「名雲くん、逆逆」


 俺の正面に回り込んで、高良井が言う。


「私、正面から名雲くんに肩車してほしいなぁ」


 にこにこしながらとんでもないことを言う。

 どうやら高良井は、いわゆるパワーボムの姿勢で持ち上げよ、と言いたいらしい。

 正気か?


 もちろん俺は断固拒否する気だった。

 肩車をするってだけでも恥ずかしいのに……高良井の股間に顔面を密着させるようなこと、できるわけないだろうが。


「それだとバランス取りにくいだろ。前が見えない」

「いいじゃん。私だけを見ててよ」


 こんな状況じゃなかったらドキドキしかねないセリフなんだけどな。


「悪ふざけがすぎるだろ。肩車以外、俺は認めないぞ」


 本音を言えば、肩車だって嫌なのだが。


「シンにぃ……ここ、急に暗くなっちゃうの?」


 紡希が俺にすがりついてくる。


「暗くはならない。俺が、させない」


 紡希のために俺が、光をもたらす役目を果たさねばならないのだ。


「ほら、じゃあ早く替えちゃおうよ~」

「肩車すれば済むだけの話をややこしくしてる高良井さんが言っていいことじゃないだろ」


 高良井、これ絶対楽しんでやってるだろ? 俺はいいけど、紡希まで巻き込むなよな。


「名雲くんは頑固だね。そうだ、そういや名雲くん、スイ◯チ持ってるよね?」

「持ってるけど?」

「じゃあなんかゲームで勝負してさ、名雲くんが勝ったら名雲くんの希望通り肩車ね。私が勝ったらパワーボムで」

「……負けても文句言うなよ」


 そもそも俺は肩車するのだって嫌だって話なんだけどな。

 こうでもしないと埒が明かなさそうだったから、俺は高良井の話に乗った。

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