第15話 スマホを買いに行くだけだったのに その2
結局、紡希のスマホは、修理ではなく機種変することになった。
スマホのダメージは思ったより深刻らしく、買い替えた方が面倒が少なくて済んだ。
紡希のスマホは、小学生時代から使っているからもう3年以上は経っているはずで、寿命といえば寿命だったのだろう。
問題は、母親である
「紡希、よかったのか?」
新しいスマホを購入したあとになって、俺はこそっと訊ねてみた。
「うん。いいの」
紡希は、猫耳を模したデザインのカバーに収まったスマホを掲げる。
「みんなで買った思い出のスマホだもん」
俺は、安堵していた。
少しずつだけど、紡希は母親を失った悲しみを乗り越えつつあるのかもしれない。
こうして、紡希にいい思い出をたくさんつくってやれば、紡希から悲しみを遠ざけることができる。
それならこれからも、紡希と色んなところへどんどん出かけるべきなのだろう。
俺たちは、駅前の近くにある広場みたいな公園のベンチにいた。
ちょうど3人が腰掛けられるタイプで、紡希を挟み込むように俺と高良井が座っていた。
紡希は、両隣にいる俺と高良井を交互に見ると。
「結愛さんとシンにぃとで一緒の写真撮りたい」
どうやら、その写真をホーム画面の壁紙にしたいらしい。
「いいね、撮ろ撮ろ」
紡希の提案に、高良井も乗り気で自分の分のスマホを取り出すのだが、俺には納得行かないことがあった。
「紡希。『シンにぃと結愛さん』だろ? 順序が逆だ」
「細っ! マジで細かいんですけど」
「細かくない。大事なことだ」
悪いが、ぽっと出の高良井なんぞに、俺の地位を奪われるわけにはいかない。
「2人とも、すぐケンカしちゃうよね」
くすくす笑う紡希が、スマホを掲げて自撮りの構えを取る。
「でもケンカするほど仲が良いって言うし」
「言うねー」
「言うが、俺と高良井さんには当てはまらない」
高良井と俺の返事は対照的だ。それもそのはずで、高良井はあくまで紡希と仲が良いのだ。俺じゃない。
「じゃあシンにぃは、結愛さんと仲良くないの?」
紡希にそんな視線を向けられたら、話は別だ。
「……仲良しに決まっているだろうが」
紡希を悲しませてはならないと誓った俺が、紡希を悲しませるわけにはいかない。仲が良いフリくらいしてみせる。
「やばっ。名雲くんと仲良しなんてマジで嬉しいんだけど」
高良井は口元を両手で抑えて目を潤ませるという嘘泣きを始める。
こいつ……紡希の前なら俺が大人しくしてると思って……。
「2人とも、撮るよー」
紡希がスマホの位置を調整し始めたので、俺は見切れることがないように、紡希の方へ顔を寄せる。
反対側では高良井が、頬を紡希の頭に押し付けるくらい顔を寄せていた。
くそっ、負けてたまるか、と俺は、高良井に対抗する。
そんな、紡希を中心にした顔相撲をする中、紡希の手元でシャッター音が鳴った。
紡希は俺と高良井のスマホに向けて、画像を送ってくれる。
紡希が早速スマホの壁紙に設定したのを見て、せめてホーム画面だけは紡希とお揃いにしようと意気込んだのだが、強い不安が脳裏をよぎった。
もちろん俺は、スマホを学校へ持っていっている。勉強ばかりしている俺だが、ふとした拍子にスマホをいじることもあるだろう。
その時、ばっちり高良井と一緒に映っている壁紙をクラスメートに見られたらどうなるだろう?
俺と高良井の関係性について強く疑われるはずだ。
面倒事を起こす火種になりうるこの画像……だが、紡希と一緒に撮った画像を、ただ保存しているだけなのはとてももったいない気がする。
「……そうだ、余計な部分をトリミングすれば」
「ちょっと、名雲くんもしかして私の存在消そうとしてない?」
俺の手元を覗き込む高良井が渋面をつくっていた。
「……でも、高良井さんだってその画像、どうせ壁紙にはしないんだろ?」
「えっ? するよ?」
何言ってんの? って顔をする。
「ていうかもう設定したし」
「ああ、とっくに俺をトリミング――」
「してないってば」
「何を考えてる。クラスメートに見られたらどうなると思ってるんだ?」
人気者の高良井は常に人に囲まれているから、画面を見られるリスクは俺よりずっと高いはず。無防備すぎない?
「見られたら見られたで、別によくない?」
「危機意識低すぎだろ。俺と関わりあるって思われたらどうする」
「関わりあるんだから、いいでしょ。私、こそこそするの苦手なんだよね」
高良井は、後ろから抱きしめた紡希の頭に顎を乗せる。
「名雲くんってなんか卑屈だよねー。そんなに私と仲良くしてるって思われるの、いや?」
ジト目を向けてくる高良井。
逆だ。
別に俺は、高良井と仲良くしたくないだなんて思っていない。
俺の意思に関係なく、周りがそれを許さないだろうって警戒をしているだけだ。
もし俺が学校と無関係な暮らしをしていたとしたら、喜んで高良井と一緒の画像を壁紙にしてスマホを見せびらかしながら往来を出歩くだろうさ。
「ふーん。そ。私は、友達のお兄ちゃんのことも、ちゃんと大事に思ってるんだけどなー」
色々問題はあるが、高良井は紡希の友達で、紡希も高良井に懐いている。邪険に扱いたいわけじゃない。だが、俺の意思に関わらず表沙汰にするのが難しいことだってある。
「紡希ちゃんは、名雲くんと私ってどう見える?」
「お似合いの2人だと思うよ」
それ高良井に言わされてるんじゃねーの? ってタイミングだったので穿った見方をしてしまうのだが、紡希の瞳を見ていると本心で言っているようだった。
「でもわたしもその中にちゃんと入れておいてね」
「紡希をトリミングするなんてありえない」
こちらに抱きついてくる紡希をしっかり受け止めて、俺は言った。
「じゃあ、結愛さんも仲間外れにしないであげて」
「えっ? 仲間外れ……?」
唐突な紡希の言葉に、戸惑ってしまう。
「だって、わたしとシンにぃは壁紙にしてるのに、結愛さんだけダメって変じゃない?」
不正を許さないまっすぐな紡希の瞳が、俺を映す。
「紡希ちゃんはいい子だねー」
その後ろでは、紡希の行いに感動しているらしい高良井がいた。
紡希からこう言われては、俺はもうこれ以上の悪あがきはできない。
「……クラスメートに見られないようにしてくれよ」
俺はとうとう白旗を上げた。
高良井はすっかりご機嫌で、スマホの画面を紡希に見せる。
「見て見て、紡希ちゃん。これでお揃いだね!」
「結愛さんと一緒でわたしも嬉しいよ」
こうして俺たち3人は、同じ画像を壁紙にするのだった。
この先、俺は学校でビクビクしながら高良井の動向を注視することになりそうだ。
帰宅後、寝る前の自室でスマホを開く。
陰キャと義妹とギャルという、まずもって交わりそうもない3人が写り込んだ画像は、思いの外キラキラ輝いて見えた。
「これはこれで案外悪くないかもなぁ……」
思わず俺は、そう呟いてしまうのだった。
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