第14話 スマホを買いに行くだけだったのに その1

 紡希のスマホの調子がおかしいらしい。


 スマホは、毎日電車通学をする紡希の連絡手段としてとても大事なものだ。不調のまま放置して事件に巻き込まれでもしたら目も当てられない。


 土曜日、俺は紡希を連れて、街のキャリアショップに向かうことにしたのだが。

 どういうわけか、高良井までついてきた。


「紡希ちゃん、いっそ機種変しちゃえば?」


 金の掛かりそうな、余計な提案をしてくる。


「じゃあ、結愛さんと同じのにする」

「こら紡希。高良井さんに騙されるんじゃない。機種変したら俺とお揃いじゃなくなっちゃうだろ」

「でも、シンにぃと同じ色だとぜんぜん可愛くないんだもん」


 紡希が不満そうにする。

 確かに、俺のと同じ灰色の格安携帯は、女の子からしたら面白みに欠けるデザインだろうけどさ。


 俺は親父から家計を任されていて、親父には稼ぎがあるから高級機種を買うくらい何でもないのだが、紡希に贅沢を覚えさせてはいけないという意味でも、不必要に高価なものの購入は避けるようにしていた。


 ただ、コミュニケーションツールとして死んでいる俺のスマホと違って、紡希のスマホは友達と触れ合うための大事な道具だろうから、紡希と俺とではスマホに対する価値観は違いそうだ。だからといって高級機種を買う気はないけれど。


「ていうか、高良井さんは一人暮らしなのに、よくそんな高いスマホを買う余裕があるな」


 高良井はリア充ギャルだから、出ていく金も多いだろうに。


「よほどわりのいいバイトを……」

「また変な想像してる?」

「そんな格好してるから言われるんだぞ」

「えー? そんなヘンなカッコしてる?」


 高良井はそう言うのだが、俺は目のやり場に困っていた。


 この日の高良井は私服だった。

 栗色の長い髪はそのままに、赤を貴重としたシャツの下は胸元の盛り上がりと躍動がはっきりわかりそうな黒いTシャツで、デニムのショートパンツにはなかなかエグい位置でダメージ調の切れ目が入っている挑発的なスタイルだった。


 こいつは、人の目を気にしないのだろうか? 季節的に夏に近づいていることもあって、この日はかなり気温が高いとはいえ、肌、出し過ぎじゃない? ここは海じゃないんだぞ。あと、ぷりぷりの尻のせいでケツポケットからスマホが飛び出そうで心配なんだけど、危機管理能力低すぎない? おかげでこっちは高良井の尻ばかり気にしちゃってるんですが。どう責任取ってくれるんだよ。


「もしかして名雲くん、私の私服見てドッキドキなんじゃないの?」


 視線を読まれたらしい。煽ってきやがる。


「名雲くんも、肌が出てるとこ多くなると私に興味持ってくれるんだね」


 悪巧みをするキツネみたいな顔でニヤニヤし始める高良井。


「なに勘違いしてるんだ。俺が興味津々なのは紡希だけ。高良井さんがストリーキングを始めようが、俺は紡希しか見てないから」


 近くにいた紡希の肩を、すがりつくようにがっしり掴む。

 紡希は、清楚を象徴するような白いワンピース姿だった。中学生にしては幼いような気はするものの、こういうのでいいんだよ。なんなら麦わら帽子被せて田舎のバス停留所で待機してもらったっていいんだが?


「じゃあさ、名雲くん、今度はプール行こ。この近くにいい場所あるの知ってるから」

「なんで水に浸かるだけで金を取られるところにわざわざ行かないといけないんだ?」

「私が肌出してても、名雲くんは気にしないんでしょ? それを証明するために」

「お前、どれだけ俺に裸体を見せたいの。変態すぎるだろ」

「わー辛辣ぅ。名雲くんのそういうとこ、クラスメートじゃ私しか知らないよね」


 何故か嬉しそうにする高良井。俺の珍しいとこなんて貴重でもなんでもないだろ。需要がないだけなんだよ。


 モテギャル高良井とは、最近では普通に会話できるようになっていた。


 これは別に俺のコミュニケーション能力が高まっていたり、異性に慣れたりしたから、というわけでもないのだろう。


 高良井自身の能力だ。

 俺みたいなヤツが相手でも、話しやすい雰囲気をつくれるからだ。


 グイグイ来るようでいて、俺が不快になるラインを踏み越えてくることはないし、俺が話をすれば、興味深そうにしっかりこちらを見つめて聞いてくれる。自分の話を優先させて遮ってくるようなこともない。


 きっとそれが、コミュニケーション能力というヤツなのだろう。


 だからこそ俺は、高良井とプールになんて行きたくなかった。


 このままだと、高良井の居心地の良さに引っ張られて、どんどん高良井のことばかり考えるようになってしまうかもしれないから。


 そうなったら、紡希よりも高良井を優先するような事態が生まれないとも限らない。

 俺の想像よりは精神的に強かった紡希だけれど、今はまだ、紡希のことを気にかけていてやりたかった。


「だいたい俺には、プールに無駄遣いするような金はなくて――」

「結愛さんとプール!」


 俺を遮るように歓喜の声を上げたのは、紡希だった。


「結愛さんの水着。結愛さんと泳ぐ。そして帰りに結愛さんと一緒にシャワー浴びるの」

「紡希、欲望に忠実すぎない?」


 いつの間にか中身が転生したおっさんと入れ替わっているのでは、と軽い不安に駆られる。


「ねー。今度行こ。楽しみだね」


 高良井は、さっさと紡希と指切りしてしまった。


「俺の意思は?」

「シンにぃ、一緒に来てくれるでしょ?」


 紡希が、俺の手を握りながらこちらを見上げてくる。


 プールに行くということは、紡希もまた水着になるということ。

 防御力が最低レベルまで低下した紡希を守れる誰かが必要だ。


「もちろんだとも」


 そんなの、俺以外にいない。


「ありがと、シンにぃ」


 俺の腕を抱えたのは、紡希ではなく高良井だった。

 声を聞かずとも、顔を見ずとも、腕に当たった胸の感触だけでわかった。


 いくら高良井に胸を寄せられようが、紡希を騙る不届き者を相手に涼しい顔をするほど俺は甘くはない。


『紡希を騙るな……処すぞ』


 と、心の中ではイキってみたものの。


「お前、やめ、やめろ。それやめろよな……」


 実際は舌が回らないほど動揺を露呈してしまっていた。

 やたらいい匂いをさせながら胸の感触を味わわせられても平気でいられるようなら、俺は交際経験が皆無でも平気で非童貞を主張するよ。それを恥じることもない。


「なんで? 単なるスキンシップでしょ」


 高良井からすれば軽いコミュニケーションのつもりでも、俺からすれば女子と体を密着させてる時点で準性行為に該当するんだからな。そういう認識のズレが犯罪に繋がる可能性があるんだから、もっと警戒しろ。ていうかお前、おっぱい押し付けておいてコミュニケーション扱いとか、正気か。


「わたしもシンにぃとスキンシップする~」


 反対方向から紡希が攻めてくる。

 高良井とは違う、ささやかな感触だ。紡希と比べると、高良井の感触は下品だとすら感じてしまう。


「紡希、好きなスマホをなんだって買ってあげるからな」


 俺はすっかり心が浄化されて、何でもしてしまうモードに入っていた。


「名雲くんが妹に体で籠絡されてる……」


 人聞きの悪い事言うなよな。人肌と触れ合うことで理解できることだってあるんだよ。


 こうして俺は、美女&美少女を両腕にくっつけたまま、キャリアショップまで向かうことになるのだった。

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