第17話 左右を脚に囲まれる その2
俺は、なぜか紡希も交えて、昭和も平成も令和も定番なすごろく系ゲームで勝負をしたのだが、高良井も紡希もやたら引きがよく、俺は最後まで貧乏神の魔の手から逃れることができず最下位に沈んだ。
「約束を守ってもらおうかな、負け犬くん」
「シンにぃは、弱い」
崩れ落ちる俺の目の前で腰に手を当てて仁王立ちする高良井と紡希。仲良し姉妹かってくらい息が合っていて、このまま紡希が高良井に感化され続けたらどんなことになるのか恐ろしい気持ちしかなかった。そもそも俺が圧倒的大差で負けたのも、この2人が組んで俺を妨害するようなカードばかり切ってきたからだ。
「……わかったよ」
ここまで来て悪あがきはできず、俺は廊下に出て、高良井の正面でかがんだ。
……のだが、高良井が俺の後ろに回り込む。
「よく考えたら、前からだとバランス取るの難しいもんね。肩車の方が安全だわ」
「最初からそう言ってるだろうが」
「ごめんごめん」
本当に謝る気があるのか、へらへらした態度で高良井が言う。
「ちょっと名雲くんとゲームで遊びたかっただけなんだよね」
「そんなの、普通に言えばいくらでも付き合うんだけど?」
「いくらでも付き合ってくれるの?」
「ああ」
「それは永遠の愛を誓ったのと同じ意味だよね?」
「さっそく認識のすれ違いが始まってるみたいだな。離婚へのカウントダウンだ」
結局高良井のペースに巻き込まれただけの1日だったのだが、俺はどういうわけか満たされた感覚があった。それがとても悔しいかったのだが、嫌な気持ちはしなかった。
これ、高良井に調教されてしまっているのだろうか?
「あのさー、重かったらさー、重いって言ってくれていいからね?」
俺の肩に手を置く高良井の恥ずかしそうにする声が聞こえてくる。
「いくら俺でも、女子相手に面と向かって重いとは言わないぞ」
ていうか、体重以上に男子に肩車しているという状況を、高良井は恥ずかしく思わないのだろうか?
まあ高良井は気にしないのだろう。俺みたいに異性慣れしていないわけじゃないからな。
「ふーん、紳士じゃん。じゃ始めよっか」
ついにこの瞬間が来たか、とドキドキしながら待っていると、肩への慣れない重みとともに、顔の両サイドから女子の白い腿がにゅっと伸びてくる非日常的瞬間に遭遇する。
しかも相手は、あの高良井結愛だ。
ほんの少し前なら、挨拶をすることすらできなかった相手である。
不思議なこともあるものだ、という感慨が、俺からいくらか恥ずかしさを取り除いてくれたのだが、柔らかな太ももが俺の顔を挟んだ時、高良井の甘い匂いも相まって背中が丸まって立ち上がれなくなりそうになる。
「ごめん、名雲くん、やっぱ重かった!?」
悲鳴に近い高良井の声が聞こえる。
「そんなことはないぞ……」
ウソではないことを証明するために、俺は立ち上がって肩車の姿勢を完成させようとする。
正直なところ、高良井は決して軽くなかった。
考えてみれば、165センチ以上はありそうな長身なのだ。細身だけれど、胸があるし、その分体重だってあるだろう。仮に50キロ近くあるとすれば、5キロの米袋に換算すると10個分だ。それを肩に乗せて持ち上げるとなると、これはもう一種の修行である。
けれど俺は、自分でも気づかないうちに筋トレの成果が出ていたようだ。
高良井を肩に乗せたあと、案外すんなりと持ち上げることができた。
「お~、名雲くんすごいね、力あるじゃん」
「これくらい余裕だ。スクワットやってるからな」
などと余裕ぶっていると、高良井からわしゃわしゃと頭をなでられてしまう。やめろ、力が抜けそうになるから。
スカートの高良井を肩車するのは想像以上に恥ずかしく、バランスを取るように気をつけているせいか、高良井は脚を俺の首に絡めてむにむにと動かしてくるので、腿の感触だけで昇天しそうになる。
早いとこ終わらせないと、俺がもたない。
「紡希~、ジェダイごっこしてないで蛍光灯を高良井さんに渡してやってくれ~」
「はい、結愛さん」
紡希が高良井に向けて、蛍光灯を差し出す。
一人暮らしで慣れているのか、高良井は手早く蛍光灯を付け替え、俺から降りた。
後頭部と肩にはまだ高良井の感触があって、改めて考えるととんでもないことをしたな、という気分になる。
「名雲くん、ありがとう~」
「付け替えたのは高良井さんだろ。これで紡希も暗闇にビビる必要はなくなるしな」
「2人の共同作業だね!」
紡希はきゃっきゃと喜びながら、古い蛍光灯を振り回す。危ないからやめなさい。
いつもと同じはずなのに、この日替えた蛍光灯はやたらと輝いて見えた。
こうして名雲家に新たなる光がもたらされたのだった。
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