第10話 俺はチョロくない。本当に本当だ その1

 俺は安い男ではない。


 高良井とちょっと肌が触れ合おうが、それだけで魂を明け渡すようなことはしない。

 紡希を理解する橋渡しをしてくれたことには感謝しているけれど、それだけだ。


 休日明けに登校しようとも、教室で高良井と親しげにする気はなかった。


 俺が学校生活に求めているのは、平穏である。


 高良井を狙う男子は依然として多い。中には、クラスで目立つタイプのヤツだっているだろう。俺みたいな勉強ばかりしているコミュ障の地味が高良井と関わろうものなら、『なんだアイツ』と思われて面倒に巻き込まれるかもしれない。そんなリスクを冒す気になれなかった。


 その辺のことは高良井にも説明していた。俺より少し遅れて教室に現れた高良井は、真っ先にこちらに寄ってくるようなことはなかった。


 そんな硬派なはずの俺なのだが、この日は以前より高良井の動向を気にしてしまっていた。

 いつもどおり机に広げている問題集の文面が頭に入らないくらいに。


 高良井は、教室に併設されたベランダにいて、仲良しの桜咲たち女子グループで楽しそうに話していた。


 教室とは区切られた向こう側の世界であるベランダにいて、晴天の朝の日差しを浴びて神々しく光る高良井を見ていると、どうしても身近な存在には思えず、昨日のことが夢なんじゃないかと思えてくる。


 俺はなんとなく、右の手のひらに視線を落としてしまう。


 一晩経っているというのに、未だに感触が消えていない気がする。


 ベランダに視線を戻すと、絶対的な隔たりに守られているようだった高良井の感触が蘇ってきて、遠い存在ではないように錯覚してしまった。


 なんだろう、この、『俺は高良井結愛と肌の触れ合いをした』みたいなノリで得意になってしまっている感じは……。

 そんなつもりはないはずなのに。

 だってそれ、とんでもなく恥ずかしいことだろ。


 単に手を繋いだってだけなのに、それだけでイキり散らすなんてお笑いもいいところだ。


 高良井が親切にしてくれたのは、紡希を含めた名雲家のためであって、俺個人のためじゃない。


 勘違いは恥ずかしいからな。高良井としてはたいした意味なんてないのだ。気にし過ぎはいけない。


 気合を入れ直し、周囲の声をシャットアウトする勢いで問題集に意識を集中し、どうにか脳とペンを動かそうとするのだが、右手が目に入ってしまうとどうしても集中が途切れてしまうのだった。

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