第7話 義妹の友達にあっという間に距離を詰められる その1

 とある日の夜。


「ねー、シンにぃ」


 2人だけの夕食の時間を過ごしていると、紡希が言った。


「今度の日曜日、友達つれてきていい?」

「ああ、もちろん」


 紡希から話しかけてきてくれたことと、『紡希の友達』という紡希を支えてくれる大事な存在を感じた俺は、内心テンションが上がっていた。


「女の人なんだよね」


 友達の正体が男子の可能性を密かに恐れていたから、これには安心させられた。


「それなら俺はどこか出かけた方がいいかな」

「えー、なんでどっか行っちゃうの? 予定あるならしょうがないけど」

「いや予定はないんだが……俺、いていいのか?」

「いいよ。あと、その人、夕ご飯も食べてくから」


 なるほど。コック役が必要というわけか。まあ紡希から頼りにされているのなら、なんだっていいのだが。


 初対面の紡希の友達と一緒に夕食……か。


 コミュ障の俺としては、中学生といえども異性だから余裕で構えてもいられないのだが、華やかなギャルと密着しながらの食事よりはずっと楽そうだ。


「よ~し、俺、腕によりをかけてご飯つくっちゃうぞ~」


 調子よく俺は言った。


 ★


 そして休日になる。


 家事を片付けている最中、出かけていた紡希が帰ってきた。

 例の友達を迎えに行っていたのだ。

 なんか緊張してきたぞ……。


「おじゃましまーす」


 紡希の後ろから現れた人影を見て、俺はサマーソルトキックの要領でひっくり返りそうになった。


 長い栗色の髪に、気の強そうな瞳に、常にからかいのチャンスを狙っていそうな表情をした長身のスタイルよしな女。


 何故、高良井結愛が、我が家に?


 ていうか紡希といつ知り合ったんだ?


「……紡希、まさかその人が友達……?」


 動揺を押さえつけながら、俺はどうにか訊ねる。


「結愛さんだよ!」


 紡希は、瞳をキラキラさせながら言った。

 名雲家で暮らすようになってから、これほど嬉しそうにする紡希を見たことはなかった。


「すっごくキレイでしょ! お星さまみたいにキラキラしてるんだよ。ほんもの見た時はびっくりしちゃった」

「ちっす、お星さまっす」


 悪ノリする高良井が、チャラ男みたいなポーズをする。紡希はその腕に抱きついてきゃあきゃあ言っている。


 なに、この懐きっぷり……。

 ちょっと怒りが湧いてきていた。

 まるで、紡希を寝取られたかのような気分だ。


「見たところ、紡希より年上っぽいけど、いったいどうやって知り合ったのかな?」


 高良井への嫉妬心から、俺は知らない人のフリをする。


「そりゃネットよ。紡希ちゃん、シイッターやってるでしょ? 名雲くんの妹が紡希ちゃんってわかったあと、紡希ちゃんのシイッターアカウント探してみたらあったから、そっからDM送ってやりとりしてたんだよね」


 紡希に訊いたのに、答えたのは高良井だ。


 確かに紡希は、暇さえあればスマホとにらめっこをしていた。


 俺はてっきり学校の友達とやりとりをしているのかと思ったのだが、まさか高良井だったとは……。そりゃ俺よりスマホに夢中になるはずだよな。


 とはいえ、高良井から特定されるレベルで個人情報丸出しでSNSをやっていたことは、注意しておかないとな。


「ダメだろ紡希、そんな危ないことしたら。もう二度と知らない人から連絡もらってもやりとりするんじゃないぞ」


 相手が高良井だからよかったものの……今後、場合によってはシイッターの禁止も視野に入れないといけない。


「でも、結愛さんはシンにぃのクラスメートだって。シンにぃの友達なら、会ってもいいかなって思ったの。どういう人か気になったし」


 バツの悪そうな顔で、紡希が言う。


「……なんだ、俺のクラスメートだって知ってたのか」

「名雲くんの関係者って教えとかないと、紡希ちゃんだって連絡返してくれないでしょ。知らない人のDMはちゃんと無視するくらい、紡希ちゃんは頭いいんだよ」

「危ない人かそうじゃないかくらい、わたしにもわかるんだから」


 紡希から責めるような視線を向けられてしまう。

 気になることがあって、俺は高良井だけリビングの隅に呼び寄せる。


「……まさか、これが俺にする協力なのか?」

「びっくりした?」


 悪びれる様子もなく、高良井が言う。


「ああ。ていうか、紡希と前からやりとりしてたなら俺に教えてくれたっていいだろ」

「黙ってたことはごめんだけど、そこは女の子同士の秘密だったから。そのうち話す気ではいたけどね。でも名雲くんが悩んでたから、これはもう秘密のままにしちゃいけないって思って今日来てネタバラシすることにしたんだよ」


 そして高良井は急に俺の耳元に近づき、こう囁く。


「紡希ちゃん、めっちゃいい子だよね。なんか難しい子なのかなーって思ってたから、好きになっちゃった」


 高良井の吐息に耳の穴を侵略された俺はドキドキで身動きが取れなくなる。


「悲しいことがあっても、ちゃんと名雲くんが見守ってたおかげじゃない?」


 それだけで、俺がこれまでしてきたことが報われたような気さえした。


「じゃー紡希ちゃん、一緒に遊ぼ」


 俺のことなんてそっちのけで、2人はリビングで遊び始めてしまった。

 家事が残る俺まで混ざるわけにはいかず、仕事をしながらちらちら様子を確認していたのだが、紡希は楽しそうにしているように見えた。


 こんなに楽しそうな紡希を見たのは、初めてかもしれない。


 もしかしたら、学校ではそういう顔をしているのかもしれないが。


 ただ、高良井と一緒にいる時の紡希は、母親を失った悲しみを感じさせない、昔から俺が知る通りの紡希だった。

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